BAND ON THE RUN(バンド・オン・ザ・ラン) | ポール・マッカートニー・アンド・ウイングス

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

BAND ON THE RUNジャケット今回ご紹介する名盤は1973年にリリースされたポール・マッカートニー・アンド・ウイングスの「BAND ON THE RUN」です。

ビートルズ解散後のポール・マッカートニーといえば商業的にはそこそこ成功するものの、評論家達からの評価は芳しくないというような作品を立て続けにリリースしておりました。しかも本作をレコーディングする前にヘンリー・マッカロクとデニー・シーウェルが立て続けに脱退し、バンドはトリオ編成になってしまいます。そこでやむなくポール・マッカートニーがベースやギターだけでなく鍵盤楽器やドラムなども演奏し作り上げた本作は、全世界で600万枚以上のセールスを記録し、評論家達をも納得させるというなんとも皮肉な結果になったのです。

ジャケットに写っている人数から、それほど情報を持っていなかった筆者は、まさかこの時点でトリオ編成になっているとは露知らず、なんでもこのジャケットバンドのメンバー3人と俳優やボクサーなどの有名人を起用し撮影したものだったですね。ファースト・シリーズのルパン3世チックなこのジャケット、筆者はリアル・タイムからはちょっとずれているのですが、とても印象的だった遥に記憶しています。確かに裏ジャケットを見てみるとメンバーの3人しか写っていませんね。どうでもいいことですが…。

1曲目で表題曲の「BAND ON THE RUN」はライヴでは必ずといって演奏する名曲です。3部構成による組曲的な作品でポール・マッカートニー・アンド・ウイングスを代表する曲の1つです。2曲目の「JET」もライヴの定番ナンバーです。この2曲は実際にポール・マッカートニーのコンサートで聴かせていただきました。3曲目の「BLUEBIRD」はアコースティック・ギターにバラードでポール・マッカートニーのお得意とするところです。4曲目の「MRS VANDEBILT」は、変なインパクトを感じる曲でメロディ・メイカーとしてのポール・マッカートニーには脱帽です。5曲目「LET ME ROLL IT」はジョン・レノンに和解を呼びかけた歌詞が話題になったスローなロック・ナンバーです。楽曲もジョン・レノンを意識した感が否めません。

アナログ盤B面に当たる6曲目の「MAMUNIA」なのですが、B面1曲目に持ってくるにはちょっと地味な感じもするアコースティック・ナンバーです。タイトルの「MAMUNIA」はモロッコに旅行に行った際に宿泊したホテルの名前に由来しているそうです。7曲目の「NO WORDS」は本作で唯一デニー・レインと共作したナンバーです。その割りはポール・マッカートニー色が色濃い感じがします。8曲目の「PICASSO'S LAST WORDS(DRINK TO ME)」はどうも短い曲を寄せ集めて作られた楽曲のようで、「JET」や「MRS VANDEBILT」も登場するユーモラスな作品となっております。ラスト・ナンバーの「NINETEEN HUNDRED AND EIGHTY FIVE(1985年)」は、ピアノのリフがとても印象的ですがやがてロック・ナンバーに展開、最後は壮大なオーケストラで締めくくられるのですが最後に「BAND ON THE RUN」がリプライズ的に登場します。

多分、このアルバムが成功するまでの間、どうしても元ザ・ビートルズのポール・マッカートニーというイメージを払拭できずにいたと思われますが、この「BAND ON THE RUN」という脱獄劇によって、一人のミュージシャンとしてのポール・マッカートニーというものが確立されたのではないでしょうか。

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HORSES(ホーセス) | パティ・スミス

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HORSESジャケット今回ご紹介する名盤は1975年にリリースされたパティ・スミスの「HORSES」です。

パティ・スミスといえば初期ニューヨーク・パンクに位置づけられているのですが、そのサウンドは、ブルースの要素やピアノなどを取り入れたアンサンブルがいわゆるパンク・ロックとは多少雰囲気が違います。1年後にデビューすることとなるやはりニューヨーク・パンクの雄、ラモーンズのように1960年代初期のステレオ・サウンドの再現から生まれたサウンドがパンク・ロックと定義づけるのであれば、パティ・スミスの作品は明らかにパンク・ロックにおいては異質なのかもしれません。または、逆でこのサウンドこそがパンク・ロックなのか、まぁこのようなカテゴライズはあまり意味を成さないので考えないこととします。

パティ・スミスは著名なアーティストに憧れを持ち、そして彼らの愛人になるために故郷のニュー・ジャージーからニュー・ヨークへやって来ます。そして写真家であるロバート・メイプルソープとの交流の中で、自分自身もミュージシャンになれると自覚するようになります。本作のジャケットに使用されている写真もロバート・メイプルソープが撮影したものであり、そのロバート・メイプルソープは1989年にすでに他界しております。実はロバート・メイプルソープという写真家はニュー・ヨーク最大の売れっ子カメラマンであり、この素っ気の無いジャケットもかなり話題になりました。

さて、そのパティ・スミスのファースト・アルバムが「HORSES」なのでありますが、いきなり1曲目の「GLORIA」からパンク・クラシックの名曲として名高い楽曲なのであります。パティ・スミスの「IN EXCELSIS DEO」という作品にゼムのカヴァーでヴァン・モリソン作曲の「GLORIA」を繋げた作品で、「キリストは誰かの罪で死んでしまっけど私の罪じゃないわ」という辛辣な歌詞で始まります。最初こそ静かに立ち上がりますが、そのヴォルテージは徐々に高揚し、ゼムのカヴァー部分に差し掛かるとなにかつっかえていたものが取れたようにエネルギッシュなサウンドへと変化します。

3曲目の「BIRDLAND」はピアノがメインのスローなナンバーであり、いわゆるAメロ部分は歌詞を朗読のように読み上げるわけですが、これこそがパティ・スミスの原点なのであります。パティ。スミスがデビューする前は、本作でギターを担当しているレニー・ケイと活動をしており、パティ・スミスが詩を朗読し、バックでレニー・ケイが音楽を奏でるというスタイルで活動していたようです。9曲目の「MY GENERATION」は言わずと知れたザ・フーのカヴァーなのですが、当時はシングル・カットされた「GLORIA」に収録されたのみで本作には収録されていませんでしたが、リマスターCDからボーナス・と楽として追加されました。ライヴ音源でありますが最もパンキッシュなナンバーに仕上がっています。

パティ・スミスは2012年にオリジナル・アルバムをリリースするなど今なお現役で活躍しており、イラク戦争時にはブッシュ政権を槍玉に挙げていたそうです。こういう姿勢というのはロックという音楽の原点であるとともに、現在はそういったものが失われつつあることがとても残念です。日本のミュージシャンにもがんばってもらいたいところであります。

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DOOLITTLE(ドリトル) | ピクシーズ

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DOOLITTLEジャケット今回ご紹介する名盤は1989年にリリースされたピクシーズの「DOOLITTLE」です。

ピクシーという響き、日本人で多少サッカーに興味がある人であれば、あの名古屋グランパスの監督であるドラガン・ストイコビッチを思い出す方が多いかと思います。ストイコビッチのニックネーム子供の頃見ていたアニメに由来するそうなのですが、ピクシーズのピクシーは妖精を意味しています。ところが筆者は、彼らが演奏している姿を見てとても驚いてしまいました。その姿はとても妖精と呼べるものではなく、自虐的にネーミングをしたバンド名なのかと思ってしまったほどです。

そのとても妖精とはまったく異なるルックスを持った4人組バンドでありますが、1987年~1992年という短い活動期間ながら、後のオルタナティヴ・ロックに与えた影響は多大なものがあります。、ニルヴァーナのカート・コバーン、U2のボノ、ウィーザー、ブラー、レディオヘッド、ストロークスらがピクシーズに影響を受けたと公言をしております。カート・コバーンは、ニルヴァーナの代表曲でもあり、後の彼の人生に大きな影響を与えることとなる「SMELLS LIKE TEEN SPIRIT」はピクシーズをコピーしている時にできた楽曲ともいわれています。

ルックスを意識してなのか、ライヴ映像などを観てもピクシーズにはロック・スターがよく行うところのカッコをつけるということがなく、きわめて自然体で演奏しているところに好感が持てます。サウンド的にはどこか人を喰ったようなところがあり、時折変拍子を取り入れてみたり歌ともシャウトともとれる奇妙な歌声に、それでいて突然曲調がポップになってみたり、そのつかみどころの無さが彼らの魅力を最大限引き出しているのではないかと思われます。歌詞も近親相姦や殺人、学歴社会への反抗などが題材になっており、それでありながら文学的なところが、音楽性こそ違いますが1980年代のジム・モリソンかと言いたくなってしまう訳であります。

そのピクシーズの最高傑作といわれるアルバムが本作「DOOLITTLE」なのであります。このアルバムでは「HERE COMES YOUR MAN」と「MONKEY GONE TO HEAVEN」がイギリスのチャートのトップ10にランク・インをしヒットの兆しを見せ始めます。「HERE COMES YOUR MAN」は驚くほどポップに仕上げられた楽曲で、「MONKEY GONE TO HEAVEN」は奇妙なヴォーカルから一転して美しさを伴ったサビに展開するという楽曲でそのヴォーカルの変貌ぶりにびっくりさせられます。アメリカのバンドなのですがこの「DOOLITTLE」がまずイギリスで評価されて、それが北米にも飛び火する形でピクシーズの知名度を上げることとなりました。

21世紀に入ってから、ロック・フェスティバルなどでは再結成をし活動しているようなのですが、その活動はライヴにとどまっており新作を発表するという気配はありません。結局4枚しかオリジナル・アルバムをリリースしなかったピクシーズではありますが、ノイジーなファースト・アルバム「SURFER ROSA」にポップのエッセンスを加えることにより独特の世界観を生み出したのが、このセカンド・アルバムが「DOOLITTLE」なのであります。

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TEN | パール・ジャム

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TENジャケット今回ご紹介する名盤は1991年にリリースされたパール・ジャムの「TEN」です。

パール・ジャムといえば、ニルヴァーナ、サウンド・ガーデンとともにアメリカ西海岸シアトルを出身としたグランジ・ロックの代表格であります。グランジ・ロックとは、ポスト・パンクをルーツとして位置づけられているカテゴリーでありますが、パール・ジャムは意外にもニール・ヤングに影響を受けていると公言しております。それ以外にもザ・フーやザ・クラッシュなどの曲をライヴで度々演奏しているようです。日本盤のみではありますが本作にもザ・ビートルズの「I'VE GOT A FEELING」がボーナス・トラックとして収録されているなど、ほとんどのミュージシャンがそうであるように影響を受けたアーティストは多岐に渡るようです。

本作はビルボードで2位というチャートを記録しているのですが、始めから商業的に成功していたわけではありません。本ブログでも取り上げているニルヴァーナの「NEVERMIND」が爆発的に売れたことにより、同じシアトル出身のパール・ジャムにも注目が集まるようになり、なんと1年がかりで全米2位まで登り詰めているのであります。逆に言えばインパクトがありカート・コバーンというカリスマが存在するニルヴァーナの陰に隠れてしまっていたのかもしれません。実際のところ、このアルバムがリリースされた当時は単なる焼き直しのクラシック・ロックと批評をされていたようです。確かにニルヴァーナのようなパンキッシュな攻撃性はなく、比較的オーソドックスなサウンドが持ち味かもしれません。

そんなパール・ジャムでありますが、結局のところニルヴァーナとともに時代を代表するカリスマに持ち上げられてしまいます。ニルヴァーナはそのことがカート・コバーンに影を落としてしまい破滅の方向に向かいましたが、パール・ジャムは見事にリスナーの期待に応え、生き残ることに成功していまます。そのデビュー作である本作ですが、グランジというよりハード・ロックに近いサウンドに乗せられた歌詞のテーマは非常に重く、近親相姦、連続殺人、いじめ、虐待、拳銃による自殺などかなり絶望的な内容のストーリーがリアルに展開されます。絶望をコンセプトにアルバムが制作されているのかもしれません。

まず、特筆すべき楽曲はオープニングの「ONCE」でありますが、そのミディアム・テンポのハードなナンバーはアルバムの先頭を飾るに相応しい楽曲に仕上げられています。2曲目の「EVEN FLOW」はホームレスをテーマにした楽曲でこちらもマストなナンバーです。3曲目の「ALIVE」は、性的に誘う母親に悩み結局1曲目「ONCE」での連続殺人に繋がります。アルバム未収録の「FOOTSTEPS」では刑務所にて懺悔の念が歌い上げられ、これらの楽曲が3部作としてひとつのストーリーとなっています。5曲目「BLACK」はパール・ジャムを代表する名曲で、失恋から来る絶望を歌った美しいバラードです。6曲目の「JEREMY」は家庭で虐待されたうえに学校でもいじめられ、教室で銃によって自殺してしまう少年のストーリーをミディアム・テンポのロック・ナンバーとして仕上げています。

歌詞の内容はご紹介したように非常に重いのですがそこはやっぱり英語のよいところ、意味がわからなくても1枚どっぷりとはまることの出来る、そんなロック・アルバムに仕上げられており、70年代のハード・ロックに陶酔した世代にも受け入れられやすいサウンドなのではないでしょうか。メンバーがジェネレーションXということもあり、ちょうどその世代である筆者の耳にも馴染みやすい1枚でした。

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PURPLE RAIN(パープル・レイン) | プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション

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PURPLE RAINジャケット今回ご紹介する名盤は1984年にリリースされたプリンス・アンド・ザ・レヴォリューションの「PURPLE RAIN」です。

本作は発表初週に100万枚を売り上げ、ビルボードチャートのトップに実に24週間も居座り、「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」「LET'S GO CRAZY」がシングルチャートで1位、その他にもシングル・カットされた「PURPLE RAIN」が2位、「I WOULD DIE 4 U(ダイ・フォー・ユー)」が8位、「テイク・ミー・ウィズ・U」が25位を記録、「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」は年間シングルチャートでも1位に輝くなどの実績を誇るまさにモンスター・アルバムであります。さらにこのアルバムは同名映画のサウンド・トラックであり、さらにその映画でアカデミー賞歌曲・編曲賞も受賞しております。そして映画自体も興行収入が6800万ドルに達し、成功を収める結果になっています。

世の中、申し子というかその道の天才が存在するものであり、このアルバムを聴いたときにプリンスのその才能を認識させられました。1曲目の「LET'S GO CRAZY」を聴かされた瞬間に完全に私の脳みそはプリンス・モードに突入するのであります。意表を突くいきなりのロック・チューンにおいて、既にプリンスのカリスマ性が発揮されています。2曲目の「TAKE ME WITH U」は謎めいたイントロからのポップなナンバーでありまして、1曲目でクレイジーになりかけた脳みそを落ち着かせてくれます。

中盤はネオ・サイケデリックというか、非常に実験的な側面が強調されています。4曲目の「COMPUTER BLUE」では、それまでの楽曲の雰囲気からはまったく趣の違うエンディングから5曲目の「DARLING NIKKI」と続きます。この5曲目の「DARLING NIKKI」も非常に革新的なナンバーとなっております。6曲目の「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」では、そのサウンド構成にベースがありません。このように実験的な内容をふんだんに盛り込みながら、商業的にも成功し、また名盤といわれる作品に仕上げる才能はもう脱帽ものです。

7曲目「I WOULD DIE 4 U(ダイ・フォー・ユー)」、8曲目「BABY I'M A STAR」とともにダンサブルで比較的キャッチーなナンバーが続き、ラスト・ナンバーの名曲「PURPLE RAIN」で締めくくられます。この「PURPLE RAIN」、直訳すると紫の雨ということになりますが、この紫の雨というのは、何を表現した言葉なのでしょうか。プリンスのイメージと定着していた(させていた?)色が紫なので特に意味はないのか、また退屈な時間というニュアンスを持っているらしくこの意味だと確かにしっくりくるような気もします。アメリカでは原爆が落ちたあとの雨を紫の雨と表現したという情報もあります。

プリンスを語るうえで欠かせないのが、彼の持つセクシュアリティーです。歌詞などを見てもふんだんに性を連想させる語句や文章が登場しますが、それが決して恣意的に感じられないのが、プリンスの持つ独特のパーソナリティーであり、そこから生まれてくる彼のカリスマ性なのかもしれません。

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THE DARK SIDE OF THE MOON(狂気) | ピンク・フロイド

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THE DARK SIDE OF THE MOON(狂気)ジャケット今回ご紹介する名盤は1973年にリリースされた、ピンク・フロイドの「THE DARK SIDE OF THE MOON(狂気)」です。

本作は歴史的名盤と名高いですが、なんといってもすごいのは洋楽ながら日本のオリコンチャートで2位を記録しているのです。そのときの1位は天地真理だったそうです。当時の日本人がこのアルバムをそんなに購入していたなんてちょっと意外です。他のプログレ系のアーティストとは違い、それほどテクニカルで難解な音楽ではありませんが、オリコン2位はびっくりです。

このアルバムは4曲目の「THE GREAT GIG IN THE SKY(虚空のスキャット)」と5曲目の「MONEY」の間以外はすべて曲と曲がつながっており、あたかも複数の曲で1つの作品を構築しているように制作されています。なぜ4曲目と5曲目はつながっていないのか、それは当時はアナログ・レコードで5曲目はB面の1曲目になっていたからです。CD時代(CD時代はすでに終わってダウンロードの時代かな)の今作っていたら、また違った組み立てになっていたかもしれませんね。

このアルバム、「人間を狂気に導くもの」をテーマに制作されたコンセプト・アルバムではあるが、もう音楽の域にとどまらず、舞台の演目か何かを見ているようなそんな気分にさせられこのアルバムの世界観に引き込まれてしまいます。全体的にスロー・テンポな楽曲が多く、アナログ・レコードのA面にあたる部分はわりと前衛的に、B面にあたる部分は比較的キャッチーな「MONEY」からドラマティックな展開でエンディングを迎えます。ロジャー・ウォーターズがすべて書き下ろした歌詞は哲学的で少々難解ではありますが、主人公なるものの心の闇(THE DARK SIDE OF THE MOON)に潜む狂気をいろいろな角度から表現しているように感じます。「狂気」の人となってしまったシド・バレットの姿も重ねあわされているとも…。

レビューのために久々にこのアルバムを聴いたのですが、あらためてロック史に残る名盤であることを確信するとともに、再びこのアルバムにはまってしまい何度も聴いている今日この頃です。

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Reggatta de Blanc(白いレガッタ) | ザ・ポリス

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Reggatta de Blanc(白いレガッタ) ジャケット今回ご紹介する名盤は1979年にリリースされた、ザ・ポリスの「Reggatta de Blanc(白いレガッタ)」です。

デビュー作でもあった前作「Outlandos d'Amour(アウトランドス・ダムール)」は、当時のパンクムーブメントを意識したのか、かなりストレートなサウンドが目立ちましたが、この「Reggatta de Blanc(白いレガッタ)」はより洗練され、アンディ・サマーズのギターもより空間的な雰囲気でザ・ポリスのサウンドをある意味確立した作品でもあると個人的には思うのであります。

印象に残るアルバムの共通点として、やはり1曲目のインパクトというのがあると思うのですが、このアルバムにおいてもそれは例外ではなく、1曲目の「Message in a Bottle(孤独のメッセージ)」はザ・ポリスの代表曲であると同時に、add9というコードの響きと「指こんなに開かなねぇよ」というギターのポジショニングが驚きを与えてくれたのでした。このポジショニングは後々の大ヒット曲「Every Breath You Take(見つめていたい)」でも多用されています。

また、これもザ・ポリスの代表曲になっている「Walking on the Moon」も空間系の草分け的な曲で、スティングのシンプルなベースラインとアンディ・サマーズが奏でるシャリーン、ン・チャ・ン・チャなギターと、パワフルでありながらディレイが効果的なドラムのバランスが絶妙で、その当時は本当に斬新に感じ、「こんなこと3ピースのバンドで本当にやっちゃうの?」と感心したものでありました。しかもライブでもスタジオ録音と比べても遜色のない、パフォーマンスを披露してくれるところにこの方々のテクニックは並々ならないなと感じさせてくれます。

元々ジャズミュージシャンのスティング、経歴豊富なアンディ・サマーズ、プログレ系のドラマーであったスチュワート・コープランドらによる独自のレゲエへの解釈を中心に、彼らの豊富な音楽観が詰まったアイデア豊富なアルバムであることは確かです。

「Reggatta de Blanc」という言葉が「白いレゲエ」という意味であることを知るまでは、なんとなく白い長いボートをイメージしていたのは私だけなのでしょうか。知ってて「白いレガッタ」という邦題を付けたのかどうかはわかりかねますが、この邦題はないだろうと思う今日この頃です。

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