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DOOLITTLE(ドリトル) | ピクシーズ

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

DOOLITTLEジャケット今回ご紹介する名盤は1989年にリリースされたピクシーズの「DOOLITTLE」です。

ピクシーという響き、日本人で多少サッカーに興味がある人であれば、あの名古屋グランパスの監督であるドラガン・ストイコビッチを思い出す方が多いかと思います。ストイコビッチのニックネーム子供の頃見ていたアニメに由来するそうなのですが、ピクシーズのピクシーは妖精を意味しています。ところが筆者は、彼らが演奏している姿を見てとても驚いてしまいました。その姿はとても妖精と呼べるものではなく、自虐的にネーミングをしたバンド名なのかと思ってしまったほどです。

そのとても妖精とはまったく異なるルックスを持った4人組バンドでありますが、1987年~1992年という短い活動期間ながら、後のオルタナティヴ・ロックに与えた影響は多大なものがあります。、ニルヴァーナのカート・コバーン、U2のボノ、ウィーザー、ブラー、レディオヘッド、ストロークスらがピクシーズに影響を受けたと公言をしております。カート・コバーンは、ニルヴァーナの代表曲でもあり、後の彼の人生に大きな影響を与えることとなる「SMELLS LIKE TEEN SPIRIT」はピクシーズをコピーしている時にできた楽曲ともいわれています。

ルックスを意識してなのか、ライヴ映像などを観てもピクシーズにはロック・スターがよく行うところのカッコをつけるということがなく、きわめて自然体で演奏しているところに好感が持てます。サウンド的にはどこか人を喰ったようなところがあり、時折変拍子を取り入れてみたり歌ともシャウトともとれる奇妙な歌声に、それでいて突然曲調がポップになってみたり、そのつかみどころの無さが彼らの魅力を最大限引き出しているのではないかと思われます。歌詞も近親相姦や殺人、学歴社会への反抗などが題材になっており、それでありながら文学的なところが、音楽性こそ違いますが1980年代のジム・モリソンかと言いたくなってしまう訳であります。

そのピクシーズの最高傑作といわれるアルバムが本作「DOOLITTLE」なのであります。このアルバムでは「HERE COMES YOUR MAN」と「MONKEY GONE TO HEAVEN」がイギリスのチャートのトップ10にランク・インをしヒットの兆しを見せ始めます。「HERE COMES YOUR MAN」は驚くほどポップに仕上げられた楽曲で、「MONKEY GONE TO HEAVEN」は奇妙なヴォーカルから一転して美しさを伴ったサビに展開するという楽曲でそのヴォーカルの変貌ぶりにびっくりさせられます。アメリカのバンドなのですがこの「DOOLITTLE」がまずイギリスで評価されて、それが北米にも飛び火する形でピクシーズの知名度を上げることとなりました。

21世紀に入ってから、ロック・フェスティバルなどでは再結成をし活動しているようなのですが、その活動はライヴにとどまっており新作を発表するという気配はありません。結局4枚しかオリジナル・アルバムをリリースしなかったピクシーズではありますが、ノイジーなファースト・アルバム「SURFER ROSA」にポップのエッセンスを加えることにより独特の世界観を生み出したのが、このセカンド・アルバムが「DOOLITTLE」なのであります。

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THE QUEEN IS DEAD(ザ・クイーン・イズ・デッド) | ザ・スミス

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

THE QUEEN IS DEADジャケット今回ご紹介する名盤は1986年にリリースされたザ・スミスの「THE QUEEN IS DEAD」です。

1980年代といえば世の中凝ったプロモーション・ビデオとシンセサイザーによるサウンドが主流となっていて、ザ・スミスの放つシンプルなロック・サウンドが逆に斬新に聞こえてしまうというという時代でありました。ことアメリカではこのような傾向がより顕著で、また音楽や映画などの娯楽はアメリカの影響を強く受ける日本でも同様でありました。ニュー・ロマンティックというジャンルが確立されたのもこの時代であったような気がします。イギリスにおいて、そのような音楽傾向に辟易としていた層に受け入れられたのが、このザ・スミスというバンドなのであります。

ザ・スミスというバンドの実質的な活動期間は、実質5年とかなり短いのであります。その間にリリースされたオリジナル・アルバムは4枚でその3作目にあたるのが本作「THE QUEEN IS DEAD」であり、ザ・スミスの作品の中においても最高傑作といわれるアルバムであります。しかしこのアルバムのリリースにおいては順風満帆というわけではなく、ラフ・トレード・レコードとの契約おける紛争などがあり、1985年には完成していた本作ではありますが、リリースにこぎつけたのは1986年の6月になってからです。

ザ・スミスのサウンドはヴォーカルのモリッシーが書く時にひねくれていたり、また時には体制批判、そして時には自虐的なユーモアがこめられた歌詞にジョニー・マーの比較的キャッチーで流れるようなメロディから生み出されています。1970年代まではロックによって、タブーを壊し弱者の解放や救済の役割を担ってきましたが、1980年代の音楽産業はまるでそのようなロックの役割を放棄してしまったかのような時代であり、その中にあってザ・スミスは、1970年代からのロックの役割を正当に引き継いできた数少ないアーティストであります。

1曲目で表題曲でもある「THE QUEEN IS DEAD」はオープニングに相応しい激しさのあるもう単純にかっこいいロック・サウンドに仕上がっています。2曲目の「FRANKLY,MR. SHANKLY」は当時契約でごたごたしていたラフ・トレード・レコードの社長ジョフ・トラヴィスにあてたといわれるユーモア溢れる歌詞がモリッシーらしさを醸し出しています。4曲目の「NEVER HAD NO ONE EVER」では行き場のない底知れぬ絶望感に満たされてしまいそうなザ・スミスらしい1曲です。6曲目の「BIGMOUTH STRIKES AGAIN」はアルバムがリリースされる1ヶ月前に先行シングルとしてリリースされたナンバーで、小気味のよいギターのストロークが光る名曲です。9曲目「THERE IS A LIGHT THAT NEVER GOES OUT(ゼア・イズ・ア・ライト)」は個人的にも非常に好きな曲でどこかしら物寂しさが漂うナンバーです。

それにしてもアルバム・タイトルの「THE QUEEN IS DEAD」って日本ではこのようなタイトルでアルバムはおろか、シングルやアルバム収録曲としても発表できないでしょうね。ザ・スミスというバンド名もイギリス人で一番多い姓がスミスだからそれを名乗ったらしいです。確かに覚えやすいバンド名です。

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A LOVE SUPREME(至上の愛) | ジョン・コルトレーン

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A LOVE SUPREME(至上の愛)ジャケット今回ご紹介する名盤は1965年にリリースされたジョン・コルトレーンの「A LOVE SUPREME(至上の愛)」をです。

ジョン・コルトレーンは、無名の時代が長くまた40歳という若さで他界してしまったため、第一線での活躍はわずか10年余りでありましたが、マイルス・デイヴィスと同様に常に自分の作品に満足することなく絶えず新しい試みにチャレンジし、ジャズ界のカリスマとして今なお語られています。また、天才型のソニー・ロリンズと比較されることが多いのですが、天才肌のソニー・ロリンズとは違いジョン・コルトレーンは努力型の求道者で、1955年にマイルス・デイヴィスのグループに参加しますがその演奏はあまり評価され無かったのですが、練習を重ねジャズ史に残る確固たる地位を築いていきました。

ジョン・コルトレーンが歩んできた道のりは概ね前期、中期、後期、フリー・ジャズ期の四期に分けられます。初期にはジョン・コルトレーンの代表作として1957年にリリースされた「BLUE TRAIN」があります。また、マイルス・デイヴィスのバンドやセロニアス・モンクのバンドに参加しています。中期の活動で代表的なものは、当ブログでも紹介しているマイルス・デイヴィスの「KIND OF BLUE」の収録に参加、また自身のバンドでも1960年にはこちらも名盤として名高い「GIANT STEPS」などをリリースしています。その後ハード・バップから脱却を試みるのがこの時期です。後期の代表作はなんといっても本作「A LOVE SUPREME」です。この作品によってモード・ジャズを究めたジョン・コルトレーンは1965年頃からフリー・ジャズ期を迎えます。

本作はパート1「Acknowledgement(承認)」、パート2「Resolution(決意)」、パート3「Pursuance(追求)」、パート4「Psalm(賛美)」の4部構成からなる組曲となっております。また、本作はジョン・コルトレーンいわく「神に捧げた」作品なのであり、その宗教観からきているのかその力強い演奏は圧倒的としか形容のしようのないパワフルな内容となっております。ジャズ界のコンセプト・アルバムである本作は、ジョン・コルトレーンの歴史の中でも最高傑作の呼び声高いものであり、本作でドラマーを務めているエルヴィン・ジョーンズも「ジョン・コルトレーンがどんな人物か知りたければ、A LOVE SUPREME(至上の愛)を聞けばいい」と言ったほどであります。

パート1「Acknowledgement(承認)」はテナー・サックスによるイントロの力強さにいきなり圧倒され、このアルバムの世界に引き込まれていきます。小節単位ではないその構成は、すでにフリー・ジャズへの傾倒の表われと思われます。またジョン・コルトレーンによる「A LOVE SUPREME」と連呼する調重低音なヴォーカルも印象的です。パート3「Pursuance(追求)」ではエルヴィン・ジョーンズのドラム・ソロから始まり、マッコイ・タイナーのピアノ・ソロ、ジョン・コルトレーンのインプロヴィゼイション、ジミー・ギャリソンとベース・ソロと続き、この黄金のカルテットと呼ばれた4人の感性とテクニックを満喫することができます。パート4「Psalm(賛美)」はスローなナンバーですが、こちらもパート1「Acknowledgement(承認)」と同様にフリー・ジャズへの傾倒を感じさせる楽曲に仕上がっています。

それにしてもジョン・コルトレーンはあまりにも遅咲きでした。1946年からプロとしての活動を開始したものの、1955年にマイルス・デイヴィスのグループに加入するまでまったくの無名でした。そのジョン・コルトレーンとバンドに迎え入れたマイルス・デイヴィスの先見の明にも驚かされるところであります。

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Deja vu(デジャ・ヴ) | クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤング

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Deja vuジャケット今回ご紹介する名盤は1970年にリリースされたクロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの「Deja vu」です。

クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングと妙に長いグループ名なのですが、グループというよりかはどうも個人の寄り合いみたいな位置づけであるとメンバーは考えていていたようで、そのことによりグループ名は個人のファースト・ネームが羅列しただけのものとなっているようです。元々はクロスビー、スティルス&ナッシュという3人のグループだったのですが、ロック色を強めたいというメンバーの意向もあり、当時すでにソロとして活動していたニール・ヤングがギタリストとして参加することとなりました。そしてメンバーは精力的に活動を展開し、1969年にウッド・ストックへ参加しそこで絶大な支持を得て、その後リリースされた本作「Deja vu」が爆発的にヒットすることとなります。

そしてこの4人のメンバーの他にドラムスのダラス・テイラー、ベースにグレッグ・リーヴスが加わった6人の基本構成で名盤名高い本作は制作されているのですが、このゲスト・ミュージシャンの名前もこちらなぜかフル・ネームでジャケットに掲載されております。その他にもグレイトフル・デッドのジェリー・ガルシアがスティール・ギターで、ラヴィン・スプーンフルからはジョン・セバスチャンがハーモニカでゲスト参加しています。作詞、作曲等はグループ名に名を連ねている4人がそれぞれ行っており、そのためか非常に多彩なサウンドに仕上がっています。

1曲目はスティルス作の「CARRY ON」でアコースティック・ギターのストロークが実に印象的です。またサビのコーラスが非常に美しくでオープニングを飾るに相応しい楽曲に仕上がっています。2曲目はナッシュ作の「TEACH YOUR CHILDREN」でジェリー・ガルシアのスティール・ギターフィーチャーされたカントリー調の楽曲です。3曲目はクロスビー作の「ALMOST CUT MY HAIR」はロック色の濃く熱く歌い上げるクロスビーのヴォーカルによってついつい引き込まれそうになる、そんなナンバーです。4曲目ヤング作の「HELPLESS」はいかにもヤングらしいメロウなナンバーです。5曲目はジョニ・ミッチェル作の「WOODSTOCK」でギターのイントロがなかなかかっこいいロック・ナンバーで、映画ウッドストックでもテーマ・ソング的に使用されていました。

LPではB面の1曲目に当たる6曲目はクロスビー作でアルバムの表題曲にもなっている「Deja vu」でシャッフルのスキャット・パートから始まり、その後見事なコーラスを披露したかと思えば、曲調はバラード調に展開するなど非常に凝った構成を持つ楽曲に仕上げられています。7曲目の「OUR HOUSE」ナッシュ作の楽曲でザ・ビートルズの「REVOLVER」に収録されている「FOR NO ONE」をつい思い出してしまうピアノが印象的です。8曲目の「4+20」はスティルス作でどうも弾き語りのようです。9曲目はニール作の「COUNTRY GIRL」で3部構成となっていますが、転調やリズム変化が伴わないのですんなり1曲として聴くことのできるスケールの大きい感動的なナンバーです。ラストを飾るのはスティルスとヤングによる「EVERYBODY I LOVE YOU」でコーラスを前面に押し出したロック・ナンバーであります。

こうやって1曲ずつ見てみると各メンバーが2曲ずつ楽曲を提供し、残る2曲はジョニ・ミッチェルとスティルスとヤングの共作ということで民主的なグループであるということがわかります。4人とも個性が強いのですが、楽曲の配置などアルバムの構成が見事で不思議と統一感を感じさせる仕上がりとなっており、名盤と呼ぶに相応しい内容となっております。

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THE BLUE HEARTS(ザ・ブルー・ハーツ) | ザ・ブルー・ハーツ

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

THE BLUE HEARTSジャケット今回ご紹介する名盤は1987年にリリースされたザ・ブルー・ハーツの「THE BLUE HEARTS」です。

ザ・ブルー・ハーツのファースト・アルバムでもある本作に先駆けて先行シングル「リンダリンダ」が発売された時はかなりの衝撃的を受けました。「ドブネズミみたいに美しくありたい」というフレーズがあまりにも印象的でした。表面にとらわれずその内側にあるものに美しさを見出すべきであるというようなメッセージがそこには歌われているのだと思いますが、またその歌詞の聞き取りやすさからとても歌詞を大事にしていることが窺えます。この1フレーズだけでザ・ブルー・ハーツの世界に引き込まれてしまった人が当時多数いたのではないでしょうか。

甲本ヒロトのカリスマ性やともすれば狂的とも思えるステージ・パフォーマンス、そしてサウンド的にいえばパンク・ロックなのでありますが、なぜか筆者は攻撃的な印象をこのザ・ブルー・ハーツには感じません。英語を多用するわけではなく比較的ストレートな日本語をメインに構成されるその歌詞からはむしろ不器用な人間の心の叫びというか思いを感じることができます。裏ジャケットのポートレートを見ても、ファッションこそパンク・ファッションでありますが、ザ・ブルー・ハーツの素の姿が写し出されているように感じます。

オープニングの「未来は僕等の手の中」は真島昌利による楽曲で典型的なパンク・サウンドですが、その勢いのある仕上がりはアルバムのクオリティの高さを予感させてくれます。2曲目の「終わらない歌」も真島昌利による楽曲で、ザ・ブルー・ハーツの真骨頂でもあるシンプルさと美しさを兼ね備えた名曲です。4曲目の「パンク・ロック」は甲本ヒロトによるミディアム・テンポの楽曲で、そのストレートな歌詞は当時の若い世代の心には響いたのではないのでしょうか。パンク・ロックをやさしいと表現するところにザ・ブルー・ハーツらしさを感じさせてくれます。6曲目の「少年の詩」は甲本ヒロトによる楽曲でポップなメロディが印象的な若者の不器用さをテーマにしています。

後半の特筆すべき楽曲はまず8曲目の「世界のまん中」であります。甲本ヒロトによる楽曲でストレートなロックの中にも美しさを兼ね備えたメロディと若者の心を熱くさせるであろう歌詞は、まさにザ・ブルー・ハーツの持ち味を存分に発揮したナンバーといえます。11曲目の「君のため」は本作収録曲のなかで唯一のバラードです。間奏では台詞が入るのですが、一歩間違えればかっこ悪くなってしまいがちなアイデアをかっこいいものにしてしまうのもザ・ブルー・ハーツならではでないでしょうか。最後の収録曲「リンダリンダ」は今更解説の必要もないほどの名曲でありますが、アルバム収録ヴァージョンはシングルのものとは異なり、通常ライヴで披露しているヴァージョンが収められています。

ザ・ブルー・ハーツのファースト・アルバムにして最高傑作と呼ばれるに相応しい内容であり、そのことは本作に収録されている曲の半分以上がベスト・アルバムに収録されているいることから証明されているといってもよいでしょう。激しさ、やさしさ、美しさなどを同時に堪能できるそんなアルバムがこの「THE BLUE HEARTS」ではないかと思われます。

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SATURDAY NIGHT FEVER(サタデー・ナイト・フィーバー) | オリジナル・サウンドトラック

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SATURDAY NIGHT FEVERジャケット今回ご紹介する名盤は1977年にリリースされた同名映画のオリジナル・サウンドトラック「SATURDAY NIGHT FEVER」です。

本作は、当時2枚組で発売されたオリジナル・サウンドトラックでありますが映画が商業的に成功しその影響で本作も大ヒット、ビルボードでは24週連続1位、カナダで22週連続1位、イギリスで18週連続1位、オーストラリア14週連続1位という驚異的な記録を打ち立てたモンスターなアルバムなのであります。現在全世界で4000万枚を売り上げた本作は、グラミー賞でも最優秀アルバム賞を獲得、1984年にマイケル・ジャクソンの「Thriller」がその記録を更新するまで、世界で最も売れたアルバムとして君臨していたのでした。

日本では1978年に公開されましたが、映画自体はディスコやダンスをモチーフにした青春映画であり、このアルバムを聴いていると公開当時中学生であった筆者の懐古的な感情が一気に爆発するのです。ディスコ・ムーブメントの象徴ともなった作品であり、この映画のフィーバーという言葉まで大流行してしまうのであります。パチンコの大当たりにまで使われてしまうのですから驚きです。映画の影響ももちろん大きいのですが、この映画を彩る楽曲郡の影響力のほうが上回っていたのではないかと思われます。

なんといってもこのアルバムで大きな存在感を示すのがビー・ジーズであります。恥ずかしながら、まだ中学生であった筆者にとってビー・ジーズといえば1971年の映画「MELODY(小さな恋のメロディ)」の「MELODY FAIR」のイメージしか持っていなかったのですが、1975年にはディスコ・ナンバー「JIVE TALKIN」で全米1位を獲得するなど、すでにディスコ・ミュージックの分野で成功を収めていたのですね。ビー・ジーズは1970年代中盤以降、積極的にファルセット唱法を取り入れ、あの独特のハーモニー確立していったようです。

本作から最初にシングル・カットされたのは「HOW DEEP IS YOUR LOVE(愛はきらめきの中に)」でもちろん全米No.1ヒットを記録します。この曲は映画ではエンディングなどに使われていた美しくも切ないバラード・ナンバーでCDでは2曲目に収録されています。続いてシングル・カットされたのが「STAYIN' ALIVE」でこちらも全米1位を記録、「SATURDAY NIGHT FEVER」といえばこの曲というイメージが強く映画ではオープニングおよびエンド・ロールでも使われていたように記憶しています。3枚目のシングル・カットは「NIGHT FEVER(恋のナイト・フィーバー)」でこちらの全米1位、なんとは1978年の半年以上もの間、ビー・ジーズの楽曲がNo.1に君臨していました。このアルバムからではないですが、1979年にかけてもチャートNo.1に3曲連続(本作からのシングルと合わせて6曲連続)で輝くなど、もうこの時期のビー・ジーズは手の付けられない状態でした。

一応映画のオリジナル・サウンドトラックにあたる本作なのですが、映画を見ていない方でも十分楽しめる内容に仕上げられています。実際のところ映画は見ていないけど当時LPを購入したいうリスナーも結構いたのではないかと思われます。映画をこの当時観たという方は、現在はCD1枚で比較的お買い得価格なので、筆者同様懐古趣味的に聴くのがなんといってもお勧めです。

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MOVING PICTURES(ムービング・ピクチャーズ) | ラッシュ

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MOVING PICTURESジャケット今回ご紹介する名盤は1981年にリリースされたラッシュの「MOVING PICTURES」です。

ラッシュはカナダ出身のバンドで、ゲディー・リー(ベース、ヴォーカル、キーボード、ペダルベース)、アレックス・ライフソン(エレクトリックギター、アコースティックギター)、ニール・パート(ドラムス、パーカッション)の3人によって構成されています。今ではプログレッシヴ・ロックのバンドとして認識されていますが、デビュー当初は「レッド・ツェッペリンの典型的フォロワー」としてしか評論家達からは評価されず、平凡なハード・ロックのバンドとしてしか見なされていませんでした。

そのラッシュがプログレッシヴ・ロック色を前面に押し出し始めるのが、6枚目のオリジナル・アルバムである「A FAREWELL TO KINGS」あたりからであります。それでもアメリカでの評価は一向に上がらず8枚目のオリジナル・アルバム「PERMANENT WAVES」は、シングル・リリースをすることを目標に(日本のミュージック・シーンではよくわからない感覚であります)制作され、シングル「THE SPIRIT OF RADIO」がリリースされます。このような試行錯誤のうえ、キャッチーでありながらテクニカルで複雑なリズム・アレンジを施されたラッシュ特有のサウンドが確立されるとともに、バンドも評価されるようになるのであります。そしてその後リリースされ、ラッシュの代表作となる作品が本作「MOVING PICTURES」なのであります。

1曲目「TOM SAWYER」でシンセサイザーのサウンドを織り交ぜながら、このアルバムはシンプルに幕を開けます。ところが曲も中盤まで差し掛かるとそこはやはりラッシュ、変拍子が登場します。そしてその変拍子にギター・ソロ重ねられるですが、ギター・ソロの間ギターによるバッキングは鳴りを潜めます。きっと「ライヴで再現できない曲は基本的に作らない」というラッシュのコンセプトによるものなのでしょう。安易にオーバー・ダビングという手法に頼らないところがラッシュらしさであります。4曲目の「LIMELIGHT」はイントロから変拍子ですが比較的キャッチーに仕上げられているので、プログレッシヴ・ロックにさほど興味のない方でも耳になじみやすいのではないかと思われます。

アナログ盤でいうとB面にあたる5曲目からの流れのほうはA面でのキャッチーな雰囲気が見られなくなります。特にB面1曲目にあたる5曲目の「THE CAMERA EYE」はプログレッシヴ・ロック特有の大作主義的な楽曲で、その曲調はめまぐるしく変化し、組曲的な雰囲気を覗かせてくれます。曲の長さも10分を越えるものとなっております。6曲目の「WITCH HUNT(PART III OF FEAR)(魔女狩り)」は大作主義的ではないのですが、やはり大衆的なポップさをまったく持ち合わせておりません。最後を飾る7曲目の「VITAL SIGNS」は、ループ・シンセサイザーが印象的な楽曲でありますが、なぜかザ・ポリスの匂いを感じ取ってしまうのは筆者だけでしょうか。

ラッシュというバンドの曲作りは非常に変わっていて、セッションなどによる曲作りは行わず、まずは譜面によって楽曲の完成度を高めます。前述したコンセプト「ライヴで再現できない曲は基本的に作らない」のもと、その譜面の曲が再現できるまで練習を重ねていくというスタイルで楽曲は制作され、そのため物凄い練習量を誇るバンドでもあるようです。

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STILL LIFE (TALKING)(スティル・ライフ) | パット・メセニー・グループ

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STILL LIFE (TALKING)ジャケット今回ご紹介する名盤は1987年にリリースされたパット・メセニー・グループの「STILL LIFE (TALKING)」です。

本作はECMからゲフィンへ移籍してから、パット・メセニー・グループ名義としては初のアルバムになります。このアルバムからブラジル音楽の影響が色濃くなっており、もうなんとも聴いていて気持ちのよい作品に仕上げられております。また、本作は秀逸な楽曲で構成され、今でもライヴの定番曲を多く含んでいる重要作であり、1988年度にグラミー賞ベスト・ジャズ・フュージョン・パフォーマンス賞も受賞するなど、パット・メセニーおよびパット・メセニー・グループの中にあっても名盤の呼び声が高い1枚であります。

本作は42分強のアルバムで当時のアルバムとしてはいたって普通の長さのアルバムなのでありますが、なぜかとても短く感じてしまい、ラスト・ナンバーである「In Her Family(ファミリー)」を聴き終えた時には「あれっもうおしまい?」と感じてしまうほど、時が流れていることさえも忘れさせてくれる、そんな作品なのであります。そしてこの作品、歌詞のないヴォーカル・パートがあり、歌というよりあくまでも人間の声を1つの楽器と見立ててアレンジメントされている節があるのですが、このヴォーカル・パートがパット・メセニー・グループのひとつの特徴であり、作品全体の心地よさをさらに引き立てています。

1曲目「MINUANO(SIX EIGHT)」は9分27秒ある大作で、非常に静かなイントロダクション的部分から幕を開けます。2分47秒あたりから流れがガラッと変わり、クリア・トーンのギターがメインの爽やかなテーマを奏でます。6分24秒あたりから曲調は劇的に変化し、プログレ・ライクな壮大な展開を見せます。7分45秒あたりからまたテーマへと戻りますが、実に見事な構成力です。9分27秒という長さを感じさせない素晴らしい楽曲に仕上げられています。3曲目「LAST TRAIN HOME」もライヴでは定番の重要なナンバーであります。パット・メセニーが奏でるエレクトリック・シタールの音色がとても印象的で、またそのメロディが美しく情緒あふれるものとなっております。ドラムスはひたすらブラシで16分音符を刻み、またベースは8分音符を刻み続けることで鉄道が突き進む様子が表現されているようです。

アナログ盤ではB面に収録されていた楽曲の中からはなんといっても「THIRD WIND」です。CDでは5曲目に収録されている曲であり、こちらもライヴでの定番曲であり、8分37秒という長めのナンバーです。ラテン色が強くアップ・テンポであり、このアルバムの中では最もテクニカルな側面が強調された楽曲なのではないでしょうか。このアルバムは7曲収録されているのですが、その最後を飾るのが「IN HER FAMILY(ファミリー)」です。ピアノとギターが奏でるテーマを中心とした幻想的なバラードですが、要所でストリングスが重なり曲調を盛り上げより感動的な仕上がりとなっています。

筆者は若かりし頃にどういう訳かあまりパット・メセニーのアルバムを聴きませんでした。もちろん名前は知っていたのですが、食わず嫌いで聴かなかったのか、周りにパット・メセニーを聴いている友人もいなかったせいなのか今となってはよくわかりませんが、大人になってパット・メセニーのサウンドに触れることとなったとき、そのことで本当に損をしていたと感じたものです。

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ALL THINGS MUST PASS(オール・シングス・マスト・パス) | ジョージ・ハリスン

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ALL THINGS MUST PASSジャケット今回ご紹介する名盤は1970年にリリースされたジョージ・ハリスンの「ALL THINGS MUST PASS」です。

ザ・ビートルズは1970年4月10日にポール・マッカートニーの脱退宣言により事実上解散します。そしてアナログ盤LPレコード3枚組という大作である本作「ALL THINGS MUST PASS」がリリースされたのは1970年11月27日であるということから、ジョージ・ハリスンはザ・ビートルズ活動中にかなりの数の楽曲を制作、またそれをストックしておいたことによりこのようなアルバムが短期間のうちに完成されたことが窺えます。ザ・ビートルズ時代はどうしてもジョン・レノン、そしてポール・マッカートニーの楽曲が優先されることとなり、ジョージ・ハリスンはメンバー間でも3番手扱いを受けていたようです。

その鬱憤を晴らすかのように完成されたこの「ALL THINGS MUST PASS」は全英・全米ともに第1位を記録するなど商業的にも成功を収め、当初ザ・ビートルズ解散後にヒット作を先にリリースするのはジョン・レノンなのか、はたまたポール・マッカートニーなのかというメディアの関心をよそに真っ先にヒット作を仕上げたのはジョージ・ハリスンであったのでした。ザ・ビートルズでは、その片鱗を覗かせる程度にしかジョージ・ハリスンの楽曲は採用されていませんでしたが、このアルバムではジョージ・ハリスンのソング・ライターとしての才能が遺憾なく発揮されています。

ボブ・ディランとの共作であるオープニングの「I'D HAVE YOU ANYTIME」ではいきなりエリック・クラプトンのギター・ソロで始まるという贅沢さ、そして2曲目の「MY SWEET LORD」はアルバムからのファースト・シングルで、アメリカでは4週連続、イギリスでは6週連続でチャート1位に輝き、元ビートルズのメンバーとしては、初のNo.1シングルとなりました。4曲目「ISN'T It A PITY(VERSION ONE)」は共同プロデューサーであるフィル・スペクターによるウォール・オブ・サウンド効果的なバラードでザ・ビートルズのアルバムに収録されていてもおかしくない秀逸な楽曲です。アナログ盤B面1曲目でCDでは5曲目にあたる「WHAT IS LIFE(美しき人生)」はイギリスでは「MY SWEET LORD」のB面、アメリカではセカンド・シングルとしてリリースされています。ホーン・セクションが印象的なソウルフルなナンバーです。B面ラストでCDでは9曲目の「RUN OF THE MILL」はポール・マッカートニーに向けたメッセージ・ソングでザ・ビートルズ時代に抱えていたジョージ・ハリスンの感情を垣間見ることができます。

LPでは2枚目C面の1曲目に当たる10曲目「BEWARE OF DARKNESS」もジョージ・ハリスンらしいミディアム・テンポのナンバーでレオン・ラッセルがカヴァーしています。C面3曲目でCDでは12曲目の「Ballad Of Sir Frankie Crisp (Let It Roll)(サー・フランキー・クリスプのバラード)」はフィル・スペクターが大変気に入った1曲であります。LPではC面のラスト、CDでも1枚目のラストを飾る表題曲「ALL THINGS MUST PASS」はザ・ビートルズとして活動中の1968年に作られた曲で、「GET BACK」セッションでも取り上げられましたが、リハーサルのみで終わってしまった楽曲です。この曲をアルバムタイトルにしたのもザ・ビートルズ時代の扱いへの思いからでしょうか。2枚目の中で個人的に一番好きな楽曲がD面2曲目のCDでは2枚目の2曲目にあたる「ART OF DYING」このアルバムでは最も古い楽曲で1966年から67年頃に作られたロック・ナンバーでエリック・クラプトンがワウ・ペダルを駆使したギターを披露しています。通称ホワイト・アルバム「The BEATLES」に収録されていてもよかったのではないかと思えるナンバーです。

LPでは3枚目の1曲目、CDでは2枚目の5曲目「OUT OF THE BLUE」以降は「APPLE JAM」と呼ばれるセッションを集めたもので個々の楽曲については触れませんが、デレク&ドミノスや元クリームのドラマーであるジンジャー・ベイカー、ピアノにビリー・プレストンなど豪華なメンバーが参加しており聴き応え十分です。エリック・クラプトンの「LIVE ON TOUR 2001」でビリー・プレストンがツアー・メンバーとして参加していましたが古い付き合いだったんですね。

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ジャックスの世界 | ジャックス

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ジャックスの世界・ジャケット今回ご紹介する名盤は968年にリリースされたジャックスの「ジャックスの世界」です。

1968年といえばグループ・サウンズとフォーク・ソングが若者に指示されていた時代であります。そんな中まったく異端とも思えるジャックスは、シングル「からっぽの世界」にてデビューするのであります。もちろん一部のマニアックなリスナーを除いてはジャックスのサウンドに耳を傾けることはなく、売れないことが理由でセカンド・アルバム制作途中で解散してしまうのであります。そんなジャックスが再評価されるのはそれから10年ほど経過した1970年代末頃からであり、多くのバンドが影響を受けたバンドとしてジャックスの名を挙げるようになります。

本作1曲目でセカンド・シングルとして先行発売されていた「マリアンヌ」からジャックスの世界が繰り広げられます。アルバムのオープニングからドラム・ソロが炸裂、そこにギターのストロークがかぶさってくるのですがドラムスはそんなことはお構いなしとばかりに暴れまくります。このアンサンブルと呼んでいいのかどうなのかという演奏をバックに、絶望的に歌い上げる早川義夫のヴォーカル、そしてそれは時に怨念じみた叫びに変貌するのであります。筆者の心の中ではこんな世界に引き込まれたらだめだという理性と、この先どんな展開を見せるのだろうという好奇心の葛藤が始まるのであります。

2曲目の「時計を止めて」は一転して美しいナンバーで、カルメン・マキのカヴァーにより映画「探偵はBARにいる」の主題歌にもなっているので意外と知っている人も多いのではないかと推測されます。3曲目のデビュー・シングルで先行発売された「からっぽの世界」は、なんとも絶望に満ち溢れた雰囲気を持ち、コードやリズムを無視したとしか思えないベースが曲の持つ雰囲気をさらに倍増させてくれます。4曲目の「われた鏡の中から」はまさにサイケデリックな作品です。5曲目の「裏切りの季節」もサイケデリックな雰囲気を持っていますが、こちらのほうがよりブルージーなロック・サウンドといった感じです。

アナログ盤ではB面1曲目にあたる6曲目の「ラブ・ジェネレーション」は、世間がビートルズやグループ・サウンズに熱狂していたころ、早川義夫は黙々とTHE DOORSあたりを聴いていたのではないかと思われるナンバーです。7曲目「薔薇卍」、8曲目「どこへ」はともにブルースのテイストが感じられる楽曲なのですが、前者はベースの谷野ひとし作曲、後者はドラムスの木田高介作曲ということでそれぞれ異なるアプローチのブルース・ロックに仕上がっています。9曲目の「遠い海に旅に出た私の恋人」は1曲目の「マリアンヌ」ほどではありませんがスローなナンバーながらドラムスが程よく暴れています。最後のナンバー「冷たい空から500マイル」はオルガンをバックにほとんど台詞による楽曲ですが、どこか懐かしくそれでいて切なさを感じさせてくれます。

はっきりいってこの作品が1960年代の日本で理解されるとは思えず、当時売れなかったのは妥当といえば妥当です。しかし、日本のロックの先駆者であるジャックスが、後々正当な評価を受けるようになったのも、また妥当といえます。そしてグループ・サウンズだと思って誤ってこのアルバムを購入していまった人は、さぞかしショックを受けたことと思います。

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ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急) | クラフトワーク

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)ジャケット今回ご紹介する名盤は1977年にリリースされたクラフトワークの「TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)」をです。

クラフトワークといえばドイツを代表する電子音楽のユニットであり、多くのミュージシャンに影響を与えたアーティストであります。デビュー当時はジャーマン・プログレッシブ・ロックに位置するユニットであったのですが、初期の活動で得られた資金でミニモーグを購入、ヴォルフガング・フリューア自作の電子パーカッションやヴォコーダーを用いたヴォーカルを駆使したアルバム「AUTOBAHN」がアメリカやイギリスで大ヒットし、電子音楽を初めて大衆に浸透させたのであります。しかも昨今ではヒップ・ホップの世界においてサンプリングの音源としても非常に重要な存在になっているのです。

筆者の中ではクラフトワークといえばこの「TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)」が真っ先に頭の中に浮かぶのです。「AUTOBAHN」も歴史的価値が高い名作なのですが、筆者は自動車よりも電車の方を幼い頃から好んでいること(完全にこじつけ)、そしてこのアルバムのジャケット・ワークに大変印象深いものを感じるのです。非常に紳士的な大人の男性4人がなんとも無機質な表情で、それぞれまったく別の方向を向いているこのジャケット・ワークになにか強烈なインパクトを感じるのであります。デジタル・リマスター盤では変わってしまったんですかね。

鉄道がモチーフということでミニマル・サウンド色が強い本作でありますが、電車派の筆者としてはそこが最高に心地のよいところであります。特にアナログ盤でいうところのB面にいたっては曲間が繋がっている「TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)」と「METAL ON METAL」(リミックス盤はドイツ盤と同じように「METAL ON METAL」と「ABZUG」が区切られているようです)、「FRANZ SCHUBERT」と「ENDLESS ENDLESS」ではほぼ同じループのまま次の曲へと移行していて、それはまるで特急に乗っている時に気がついたらもうあの駅は通過して、すでにこんなところを走っているではないですか的な感覚なのであります。

内容的にはオープニングの「EUROPE ENDLESS」からして心躍るナンバーに仕上がっています。特急が発車をしこれから旅が始まるんだというわくわく感が表現されているように感じます。3曲目の「SHOWROOM DUMMIES」も必聴もののナンバーです。非常に洗練されたサウンドにドイツ訛りのなんとも無機質なヴォーカルが、ある意味電子音楽の感性を見た(聴いた)感があります。アナログ盤B面に相当する4曲目から7曲目までは一気に聴き倒してしまいましょう。いかにも鉄道をコンセプトとした視覚的サウンドが持ち味の「TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)」と「METAL ON METAL」のシークエンス、そして空間的な広がりと美しさを兼ね備えた「FRANZ SCHUBERT」から「ENDLESS ENDLESS」のシークエンスも聴き逃せません。

これらのサウンドが1977年のものとは思えないのですが、当時まだ日本にはヴォコーダーなるものが認知されていなかったのでしょうか。1977年当時のライナー・ノートを読むと「TRANS-EUROPE EXPRESS(ヨーロッパ特急)」のヴォコーダー部分について「おそらくシンセサイザーによる擬似ヴォイスに…云々」と解説されておりました。それだけ当時は斬新なサウンドだったということでしょう。

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ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

BORN TO RUN(明日なき暴走) | ブルース・スプリングスティーン

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BORN TO RUN(明日なき暴走)ジャケット今回ご紹介する名盤は1975年にリリースされたブルース・スプリングスティーンの「BORN TO RUN(明日なき暴走)」です。

1973年に「GREETINGS FROM ASBURY PARK, N.J.」デビューしたブルース・スプリングスティーンは、当初「第二のディラン」というキャッチフレーズで、ロックン・ローラーというよりかはシンガー・ソング・ライターであることを前面に押し出されたプロモートをされたのですが、本人はロックン・ローラーにこだわったためか商業的にはいまひとつでした。1973年11月にリリースされたセカンド・アルバム「THE WILD, THE INNOCENT & THE E STREET SHFFULE」にて批評家からの評価を得て、そしてサード・アルバムである本作にてブルース・スプリングスティーンは一気に知名度を上げることとなります。

この頃のブルース・スプリングスティーンの音楽というのは、いわゆる若者向けのロックン・ロールであり、日本でいえば20歳を迎える前の尾崎豊の作風といったところでしょうか。このアルバムは前作までのプロダクションに不満を持っていたブルース・スプリングスティーンが、その鬱憤を晴らすかのような快心のロックン・ロール・サウンドに仕上げられており、そのエネルギッシュなパワーはアルバム全体を通して感じることができます。オーソドックスなサウンドでありながらブルース・スプリングスティーンの世界がそこにはあり、特にクラレンス・クレモンズのサックスを中心としたホーンの役割が非常に重要になっています。このアルバムでは、2曲目の「TENTH AVENUE FREEZE-OUT(凍てついた十番街)」でランディ・ブレッカーとマイケル・ブレッカーのブレッカー兄弟と当ブログでも紹介したデイヴィッド・サンボーンが参加しホーン・セクションを構成しています。ランディ・ブレッカーは7曲目の「MEETING ACROSS RIVER(川向うでの会見)」にも参加しています。

1曲目の「THUNDER ROAD(涙のサンダーロード)」からその力強さに圧倒されますが、それでいてどこか切なさを感じられる秀逸な楽曲であり、いきなりこのアルバムの世界に引き込まれていくようです。2曲目は「おやっ」と思わせるメロウな立ち上がりからの分厚いホーン・セクションが印象的なナンバー「TENTH AVENUE FREEZE-OUT(凍てついた十番街)」、3曲目の「NIGHT(夜に叫ぶ)」はまさに持て余してしまったパワーを一気に吐き出すようなロック・ナンバーです。4曲目「BACKSTREETS(裏通り)」はほろ苦い青春の1ページを綴ったようなスローなナンバーをブルース・スプリングスティーンが熱く歌いあげます。

アナログ盤ではB面1曲目にあたる5曲目のストレートなロック・ナンバー「BORN TO RUN(明日なき暴走)」は表題曲に値する名曲中の名曲で、ブルース・スプリングスティーンの世界観がそのタイトルからも表れています。6曲目の「SHE'S THE ONE(彼女でなけりゃ)」はクレジットによるとハープシコードとオルガンによるループ・サウンドが印象的な楽曲です。7曲目「MEETING ACROSS RIVER(川向うでの会見)」は控えめではありますがランディ・ブレッカーのトランペットが常にオブリガート的な役割を担っているスローなナンバーで、少しばかりムーディーな雰囲気を醸し出しております。アルバム最後を締めくくる「JUNGLELAND」は9分越の大作でドラマティックな展開を見せるロック・ナンバーです。

全体的に非常にストレートでオーソドックスなサウンドでありながら見事に若さゆえの苦しみや葛藤が歌いあげられて、若者ではない筆者が聴いていてもどこかほろ苦さを感じ若かりし頃を思い出させてくれます。本作はロック・シンガーとしてのブルース・スプリングスティーンの魅力がたっぷり詰まった、まさに名盤中の名盤といえるでしょう。

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