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PURPLE RAIN(パープル・レイン) | プリンス・アンド・ザ・レヴォリューション

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

PURPLE RAINジャケット今回ご紹介する名盤は1984年にリリースされたプリンス・アンド・ザ・レヴォリューションの「PURPLE RAIN」です。

本作は発表初週に100万枚を売り上げ、ビルボードチャートのトップに実に24週間も居座り、「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」「LET'S GO CRAZY」がシングルチャートで1位、その他にもシングル・カットされた「PURPLE RAIN」が2位、「I WOULD DIE 4 U(ダイ・フォー・ユー)」が8位、「テイク・ミー・ウィズ・U」が25位を記録、「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」は年間シングルチャートでも1位に輝くなどの実績を誇るまさにモンスター・アルバムであります。さらにこのアルバムは同名映画のサウンド・トラックであり、さらにその映画でアカデミー賞歌曲・編曲賞も受賞しております。そして映画自体も興行収入が6800万ドルに達し、成功を収める結果になっています。

世の中、申し子というかその道の天才が存在するものであり、このアルバムを聴いたときにプリンスのその才能を認識させられました。1曲目の「LET'S GO CRAZY」を聴かされた瞬間に完全に私の脳みそはプリンス・モードに突入するのであります。意表を突くいきなりのロック・チューンにおいて、既にプリンスのカリスマ性が発揮されています。2曲目の「TAKE ME WITH U」は謎めいたイントロからのポップなナンバーでありまして、1曲目でクレイジーになりかけた脳みそを落ち着かせてくれます。

中盤はネオ・サイケデリックというか、非常に実験的な側面が強調されています。4曲目の「COMPUTER BLUE」では、それまでの楽曲の雰囲気からはまったく趣の違うエンディングから5曲目の「DARLING NIKKI」と続きます。この5曲目の「DARLING NIKKI」も非常に革新的なナンバーとなっております。6曲目の「WHEN DOVES CRY(ビートに抱かれて)」では、そのサウンド構成にベースがありません。このように実験的な内容をふんだんに盛り込みながら、商業的にも成功し、また名盤といわれる作品に仕上げる才能はもう脱帽ものです。

7曲目「I WOULD DIE 4 U(ダイ・フォー・ユー)」、8曲目「BABY I'M A STAR」とともにダンサブルで比較的キャッチーなナンバーが続き、ラスト・ナンバーの名曲「PURPLE RAIN」で締めくくられます。この「PURPLE RAIN」、直訳すると紫の雨ということになりますが、この紫の雨というのは、何を表現した言葉なのでしょうか。プリンスのイメージと定着していた(させていた?)色が紫なので特に意味はないのか、また退屈な時間というニュアンスを持っているらしくこの意味だと確かにしっくりくるような気もします。アメリカでは原爆が落ちたあとの雨を紫の雨と表現したという情報もあります。

プリンスを語るうえで欠かせないのが、彼の持つセクシュアリティーです。歌詞などを見てもふんだんに性を連想させる語句や文章が登場しますが、それが決して恣意的に感じられないのが、プリンスの持つ独特のパーソナリティーであり、そこから生まれてくる彼のカリスマ性なのかもしれません。

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GOODBYE YELLOW BRICK ROAD(黄昏のレンガ路) | エルトン・ジョン

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GOODBYE YELLOW BRICK ROAD(黄昏のレンガ路)ジャケット今回ご紹介する名盤は1973年にリリースされたエルトン・ジョンの「GOODBYE YELLOW BRICK ROAD(黄昏のレンガ路)」です。

最近のエルトン・ジョンの活躍で印象深いのは、自動車事故で亡くなったダイアナ元皇太子妃への追悼歌「CANDLE IN THE WIND」ではないかと思われます。世界で3700万枚売れシングル盤の世界記録を塗りかえてしまったダイアナ元皇太子妃追悼盤「CANDLE IN THE WIND」は、元々マリリン・モンローへ捧げた曲を歌詞も含めてリメイクしたもので、そのオリジナル・ナンバーが収録されているのが、エルトン・ジョンのアルバムの中でも最高傑作といわれるこの「GOODBYE YELLOW BRICK ROAD(黄昏のレンガ路)」なのです。

このアルバムは、いきなりプログレかと思わせるほどの壮厳さを感じる「FUNERAL FOR A FRIEND(葬送)~LOVE LIES BLEEDING(血まみれの恋はおしまい)」のメドレーからスタートします。私が所有している歌詞カードには、最初の曲の歌詞のタイトルが「UNERAL FOR A FRIEND」となっておりますが、曲の作りと歌詞の内容から察するに「FUNERAL FOR A FRIEND(葬送)」がインストゥルメンタル・パートで「LOVE LIES BLEEDING(血まみれの恋はおしまい)」がロック・チューンの「LOVE LIES BLEEDING(血まみれの恋はおしまい)」が正解と思われます。

2曲目はダイアナ妃追悼用にリメイクされた「CANDLE IN THE WIND(風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン))」であります。翌年にはイギリスでシングル・カットされていません。ライヴ・アルバム「ELTON JOHN LIVE IN AUSTRALIA WITH THE MELBOURNE (エルトン・スーパー・ライヴ~栄光のモニュメント~)」からシングル・カットされ(この時はアメリカでもシングル・カットされました)、全英チャートで最高5位、ビルボードで6位を記録しております。

3曲目の「BENNIE AND THE JETS」はシングル・カットされ、全米で1位そして白人として初めてR&Bチャートの1位に輝いたそうです。ライヴ音源のように聞こえますが、歓声や拍手はスタジオ録音後に付け加えられたSEです。サザン・オール・スターズの「勝手にシンドバッド」の「シャイなハートに…」の部分はこの曲からパクったと桑田佳祐本人が公言していたようです。4曲目は表題曲の「GOODBYE YELLOW BRICK ROAD」(なぜか曲名のときは邦題が付きません)、とにかくメロディが美しすぎます。その他にも1枚目最後となるジャジーなピアノのイントロが印象的な「I'VE SEEN THAT MOVIE TOO(僕もあの映画をみている)」、シングル・カットされヒットしたロック・チューン「SATURDAY NIGHT'S ALRIGHT FOR FIGHTING(土曜の夜は僕の生きがい)」など17曲も収録されそのすべてが名曲といってもいいくらいなのです。

アナログ2枚組みということで内容も盛り沢山、名曲が多すぎてブログ1記事ではとても語り尽くせません。現在はCD1枚にすべて収録されていて、Amazonでは1,751円というとてもアナログ2枚分とは思えない価格で販売されておりますので、興味のある方はお試しください。

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KIND OF BLUE(カインド・オブ・ブルー) | マイルス・デイヴィス

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KIND OF BLUEジャケット今回ご紹介する名盤は1959年にリリースされたマイルス・デイヴィスの「KIND OF BLUE」です。

マイルス・デイヴィスといえばモダン・ジャズの帝王を呼ばれ、ジャズ界を代表するトランペッターであり、クール・ジャズ、ハード・バップ、モード・ジャズ、エレクトリック・ジャズ、フュージョンなど、時代の変遷に応じて様々な音楽性を見せ、ジャズ界を牽引してきました。白人のジャズと思われがちなクール・ジャズの創始者といわれ、1970年にリリースされたアルバム「BITCHES BREW(ビッチェズ・ブリュー)」では「フュージョン」と呼ばれるジャンルを確立したとされる、常に革命的な姿勢を持ったミュージシャンなのであります。

本作「KIND OF BLUE(カインド・オブ・ブルー)」も例外ではなく、モダン・ジャズのサブ・ジャンルであるモード・ジャズを完成させた歴史的価値の高い名盤でもあり、発表後半世紀近くを経ながらミリオン・セラーを達成、ジャズ・アルバムとしては異例のセールス記録を伸ばし続けています。それまでのモダン・ジャズは、コード進行の複雑化、コードの細分化に伴ってインプロヴィゼーションがコード分解的にならざるを得なくなり、コードに基づく音階から外れた音は使用できないなどの制限が増してきました。そこでコード進行を主体とせずに、モードに基づくスケールの進行を主体とし、インプロヴィゼーションによるソロ・プレイは一気に自由度を増したのです。

本作「KIND OF BLUE(カインド・オブ・ブルー)」では、トランペットのマイルス・デイヴィス、テナー・サックスのジョン・コルトレーン、アルト・サックスのキャノンボール・アダレイ、ピアノのビル・エヴァンス(2曲目「FREDDIE FREELOADER」のみウィントン・ケリー)、ベースのポール・チェンバース、ドラムスのジミー・コブの6人編成となっております。その中でもマイルス・デイヴィスはモード・ジャズ確立のために、ビル・エヴァンスを非常に必要としており、マイルス・デイヴィスの要望によってこのセッションに参加したらしいです。

1曲目の「SO WHAT」はモードというものが感覚的にお分かりいただけるナンバーで、16小節で1つのスケール、次が8小節の別のスケール、次がまた8小節の別のスケール、そして最初のスケールに戻り8小節という構成になっております。また、モードの特徴でもありアルバムを通していえることなのですが、旋律的にも和声的にも非常に不安定な状態が持続され、主音への回帰が意図的に避けられているのがわかります。いつまで経っても楽曲に終焉を迎える雰囲気はなく、そこがコード進行主体の音楽との劇的な差でもあります。

名盤といわれるだけあって、普段モダン・ジャズはあまり聴かない私でも、落ち着きのある夜にはついつい聴きたくなってしまい、また聴いているととても心地がよくなります。小難しい理屈は抜きにしても、楽しめるというか落ち着けるアルバムであり、夜聴くのであればお勧めは3曲目の「BLUE IN GREEN」(マイルス・デイヴィス作曲となっているが実際はビル・エヴァンスの作品らしいです)や5曲目の「FLAMENCO SKETCHES」などの静かめのナンバーですが、全曲通して聴いていただくのが結局のところ一番のお勧めです。

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ARE YOU EXPERIENCED(アー・ユー・エクスペリエンスト?) | ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンス

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ARE YOU EXPERIENCEDジャケット今回ご紹介する名盤は1967年にリリースされたザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスの「ARE YOU EXPERIENCED」です。

「ARE YOU EXPERIENCED?(君は体験したかい)」といろいろな人に聞いて回りたくなるくらい、このアルバムはとにかくかっこいいのであります。もし私がリアル・タイマーであったなら、きっと本当に聞いて回ったに違いありません。私が所有しているCDはオリジナル盤では含まれていない既発のシングル「HEY JOE」「PURPLE HAZE(紫のけむり)」「THE WIND CRIES MARY(風の中のメアリー)」が収録されたアメリカ・カナダ盤なのでありますが、なぜかアルバム・ジャケットはオリジナル盤のものとなっており、既発シングル収録のあおりを受けて「RED HOUSE」「CAN YOU SEE ME」「REMEMBER」が省かれています。現在はオリジナル盤11曲の後にシングル曲AB面6曲が収録されたCDが発売されているようです。

ジミ・ヘンドリックスはアメリカ人でありながら1966年にイギリスに渡り、ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスを結成をします。デビューシングル「HEY JOE/STONE FREE」をリリース、全英4位となりイギリスで成功を収めます。ブルース・ロックをベースにしたサウンド、インプロヴィゼーション能力を含む演奏技術は、一般のリスナーだけでなくプロのミュージシャンへ与えた衝撃は凄まじいものだったようです。今でもジミ・ヘンドリックスに影響を受けたというギタリストは多いのではないのでしょうか。

いきなり1曲目からジミ・ヘンドリックスの代表曲でもある「PURPLE HAZE(紫のけむり)」であります。ジミ・ヘンドリックスの代名詞のようなコードE7#9がいきなり炸裂します。スティーヴ・ルカサーがギターを始めた頃、このコード・ネームがわからず「ジミ・ヘンドリックスのE」と呼んでいたという話です。またCHARは、ルート音とコード構成音を分解して弾くあのギター・スタイルに「最初聴いた時はこの人ギター下手なんじゃないかと思った」とテレビでコメントしていました。ジミ・ヘンドリックスのギター・プレイが、いかに斬新だったがこの話から窺えます。

ザ・ジミ・ヘンドリックス・エクスペリエンスは1967年6月に開催されたモンタレー・ポップ・フェスティバルに出演、演奏とパフォーマンスでオーディエンスを圧倒し、母国アメリカでもスターダムにのし上がるのであります。そしていよいよその年の8月にはアメリカでもアルバムをリリース、すでにイギリスで発売されたシングル曲3曲を含むアメリカ・カナダ盤は、オリジナル盤にも収録されているジミ・ヘンドリックスの代表曲「FIRE」「FOXY LADY」となども収録されていて、デビュー作にしてもうほとんどベスト・アルバムという名盤に仕上っております。

27歳の若さでこの世を去ってしまったジミ・ヘンドリックスですが、このブログで取り上げているだけでも同じく27歳で亡くなっているジャニス・ジョプリン、ジム・モリソン、カート・コバーンなど才能あるミュージシャンが若くしてこの世を去るというのは大変に残念なことで、死因はそれぞれですがこの悲劇が繰り返されないことを切に願います。

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REMAIN IN LIGHT(リメイン・イン・ライト) | トーキング・ヘッズ

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REMAIN IN LIGHTジャケット今回ご紹介する名盤は1980年にリリースされたトーキング・ヘッズの「REMAIN IN LIGHT」です。

トーキング・ヘッズは、フロント・マン、デイヴィッド・バーンを筆頭にメンバーがアメリカきっての名門美術大学アイランドデザイン学校出身ということもあり、インテリ・ミュージシャン集団という扱いを受けているバンドであります。実はデイヴィッド・バーンという人は日本人にも馴染みがある方でして、ベルナルド・ベルトルッチ作品の映画「ラストエンペラー」で坂本龍一とともにアカデミー賞作曲賞を受賞していまして、授賞式では坂本龍一と並んでスピーチをしていたように記憶しています。

このアルバムは前々作、前作に続き、本作においてもプロデュースは鬼才ブライアン・イーノが担当、サポート・メンバーとして後にキング・クリムゾンのメンバーとなるギタリストのエイドリアン・ブリューが参加、もうこの面子を見ただけでただごとでは済まないぞといった感じであります。ブライアン・イーノは当ブログでも紹介しているU2の「THE JOSHUA TREE(ヨシュア・トゥリー)」のプロデュースを担当し、アルバムを大ヒットさせております。また、最近ではコールドプレイのプロデュースも行っております。

本作「REMAIN IN LIGHT(リメイン・イン・ライト)」では、前作「FEAR OF MUSIC(フィア・オブ・ミュージック)」でロバート・フリップをサポートに迎えて挑戦したアフリカン・ファンク・ナンバー、「I ZIMBRA」をさらに追求したアフリカン・ビートを主体とした仕上がりとなっています。しかもこのアルバムに収録されているナンバーすべてにおいて、使用されているコードが1曲につき1つのみという驚くべきソング・ライティングが行われているのであります。要するにコード進行というかコードの展開は一切ないのです。このような試みで8曲を作り上げ、またそれを歴史的名盤にまで押し上げてしまうブライアン・イーノ、そしてデヴィッド・バーンを筆頭とするトーキング・ヘッズら面々恐るべしといったところです。

アルバム前半はダンサブルなアフリカン・ビートが前面に押し出されています。シングル・カットされた2曲目の「CROSSEYED AND PAINLESS」は非常にポップに仕上がっているため聴きやすい曲ですが、それ故にワン・コードで作られているというのが信じられないほどです。3曲目の「The Great Curve」ではエイドリアン・ブリューのギター・ソロが炸裂しています。後半になると前半にあれほど鳴り響いていたパーカッションやカッティング・ギターが、文字通り鳴りを潜めます。5曲目の「HOUSES IN MOTION」はジョン・ハッセルの奏でるトランペットが他のメンバーより10メートルくらい下がって演奏しているのではないかと思うほど控えめです。6曲目以降前半のノリが嘘のようにテンションが下がりますが、全体的に単なるアフリカン・ファンクに収まらないアート性が発揮されているところがこのアルバムの魅力といった感じです。

このジャケット・ワークですが、マサチューセッツ工科大のコンピューターを使用して、メンバーのポートレイトを加工したそうです。1980年というのはコンピューターがまだそれほど身近ではなかったんですね。

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ether[エーテル] | レミオロメン

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ether[エーテル]ジャケット今回ご紹介する名盤は2005年にリリースされたレミオロメンの「ether[エーテル]」です。

レミオロメンというのはメンバー3人とも山梨県の出身であり小・中・高の同級生で、高校時代にはすでに「おさむさんバンド」の名前で文化祭などで活動していたらしいです。進学などにより一旦は解散をしていたのですが、藤巻亮太が音楽の夢を捨てきれず2000年の12月6日(神宮寺治の手帳に記録が残っていたらしいです)にすでにスタジオ・ミュージシャンであった前田啓介に相談し音楽活動再開を決意、神宮寺治を誘い入れて活動をスタートすることになったそうです。それも「お前ドラムやってるんだろ。バンドに入れてやるよ。」と完全に上から目線で神宮寺治を加入させたそうです。

ある日インディーズで活動していたレミオロメンのデモ・テープを聴き、その楽曲(アルバム「朝顔」収録の「雨上がり」と「電話」だったらしいです)を気に入った小林武史が、即山梨に向かってメジャー・デビューを果たすことになったとのことです。スリー・ピース・バンドであるレミオロメンですが、そのサウンドの肝はなんといっても前田啓介のベース・プレイにあるのではないかと思っております。特に初期の楽曲は完全なスリー・ピースによるものが多く、ともすれば単調になりがちな構成ですが時にタイト、時に暴れまくるベースによってレミオロメンのサウンドが確立されているように思われます。本作「ether[エーテル]」は完全なスリー・ピース・サウンドとそうでないものが混在する過渡期的な作品といえるでしょう。

さて、アルバム「ether[エーテル]」についてですが、このアルバムの代表曲はなんといっても「3月9日」です。PVには堀北真希が出演するなど、もうほとんどレミオロメンの代名詞といってもいい曲です。この曲は3人の共通の友人へ結婚記念日(2003年3月9日)のお祝いとして作られた曲であります。そして2004年3月9日にシングルとしてリリース、また、この日には3人の母校である中学校体育館にてライヴを開催しています。3月9日という日はレミオロメンにとっては特別な日になっているようで、オリコンの集計の関係からほとんどのアルバムは水曜日に発売されるのですが、レミオベストは曜日度外視で3月9日に発売されています。また2010年12月6日(因みに結成10周年)に山梨で行われたライヴDVDも翌年の3月9日に発売されています。

このアルバムはカップリングも含め12曲中6曲がシングル曲なのであります。前年に発売された「3月9日」、スマッシュ・ヒットを記録した「南風」「モラトリアム」などがこのアルバムの顔となる楽曲でありますが、その中でも「3月9日」と「南風」はライヴでも必ず演奏される定番ソングとなっておりますので本人たちもお気に入りなのではないかと推測できます。またシングル曲以外にも、四季の情景を描いた心温まるナンバー「春夏秋冬」(もちろん泉谷しげるのカヴァーではありません)や初のアリーナ・ツアーで1曲目に演奏された「永遠と一瞬」など、秀逸な楽曲がずらりと並んでおりレミオロメンの最高傑作といってもよいくらいの内容に仕上がっています。

実は私の妻は大のレミオロメン・ファンでありましてライヴ・ツアー「Remioromen 10th Anniversary TOUR "花鳥風月"」では初日2010年5月13日の初日山梨公演とバンド結成10周年の2010年12月6日山梨公演を観にいきました。全国的にはどうかわかりませんが、山梨は彼らの地元ということもあってチケットの入手がかなり困難なのであるのですが、そこは妻のため(笑)、がんばって入手いたしました。2010年12月6日のライヴはDVDで発売されまして、こちらももちろん購入しました。

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THE BAND(ザ・バンド) | ザ・バンド

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THE BANDジャケット今回ご紹介する名盤は1969年にリリースされたザ・バンドの「THE BAND」です。

ザ・バンドは、元々ザ・ホークスという名前でロニー・ホーキンスのバック・バンドとして活躍していたのですが、ロニー・ホーキンスはすでに落ち目であり、経済的にも苦しくなったザ・ホークスは1965年にロニー・ホーキンスの元を離れ、リヴォン&ザ・ホークスと名乗り独自の活動をし、地道にライヴ活動を行っていました。ところが1965年にアコースティックギターの弾き語りによるフォーク路線から、エレキギターを使用したフォーク・ロック路線へと転換を図っていたボブ・ディランの誘いでザ・クラッカーズと名乗り彼のバック・バンドを務めることとなったのです。その頃はボブ・ディランがフォーク・ロック路線に転換した時期であり、それを良しと思わないファンからはブーイングを浴びたのですが、結果としてバンドの知名度は向上したのです。

1968年にはバンド名をザ・バンドとし「MUSIC FROM BIG PINK」でデビュー、ゴールド・ディスクを認定され非常に高い評価を得るのであります。そして1969年には2作目にしてザ・バンドの最高傑作といわれる「THE BAND(ザ・バンド)」をリリース、アルバムはプラチナ・ディスクに認定され、その高い評価を不動のものとするのであります。

アルバム全体的な印象としては、アメリカの様々なルーツ音楽を融合しつつもデビュー作よりもポップな印象があります。アメリカ全土を物理的にも時間的にも縦横無尽に旅をしたかのように、ザ・バンドにとって印象深い南部にとどまらず、ロッキー山脈、カリフォルニア、クリーヴランドなど多岐にわたる地域がテーマとなっております。メンバー5人のうち4人がカナダ人であることが逆に、アメリカの特定の地域に拘らずアメリカ全土に目をいきわたらせたのではないかと思われます。

オープニングの「ACROSS THE GREAT DIVIDE(ロッキーを越えて)」は固めのギター・サウンドが目立ちますが、オルガンやブラス・セクションなど多種多様な楽器を使用した明るい楽曲に仕上げられています。3曲目の「THE NIGHT THEY DROVE OLD DIXIE DOWN(オールド・ディキシー・ダウン)」はこのアルバムの代表曲とも言っていい名曲であります。ジョーン・バエズがカヴァーしたこの楽曲は、スロー・テンポの楽曲でありながら、歌詞の内容から察するに南北戦争をテーマにしているようです。6曲目の「WHISPERING PINES」もゆったりとしたオルガンのバッキングをベースにした美しい楽曲です。9曲目「LOOK OUT CLEVELAND」は珍しくギターの音が歪んでいますが、コード進行やメロディがポップなのが特徴です。ラストを飾る「KING HARVEST(HAS SURELY COME)」はちょっとファンクなテイストがありますが、それでいてザ・バンド特有の泥臭さは失っていないのが魅力です。

それにしてもデビュー2作目の作品のタイトルにバンド名を冠するというのは非常に珍しいです。メンバーも内容に自信を持っていて、もはや自分達は誰のバック・バンドでもなくTHE BANDなんだという、そのような確信に満ちた作品なのではないでしょうか。

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TO CHI KA(ト・チ・カ) | 渡辺香津美

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TO CHI KA(ト・チ・カ)ジャケット今回ご紹介する名盤は1980年にリリースされた渡辺香津美の「TO CHI KA(ト・チ・カ)」です。

本作は日本を代表するジャズ・フュージョン系ギタリスト渡辺香津美の最高傑作の呼び声高いばかりではなく、日本フュージョン界の金字塔的作品でもあります。フュージョンの名作というと参加ミュージシャンが豪華であることが多いのでありますが(バンド構成のものは別ですけど…)、このアルバムもご多分にもれず錚々たるメンバーが勢揃いといったところであります。

ベースはマーカス・ミラーと後にキング・クリムゾンに参加することとなるトニー・レヴィン、ドラムスはスティーヴ・ジョーダンとウェザー・リポートのピーター・アースキン、テナー・サックスにマイケル・ブレッカー、キーボードにはちょうど同時期に日野皓正のグループで参加し、後にスティングのソロ・アルバムなどでも活躍しているケニー・カークランドなどなど、超豪華なメンバーがライン・アップされています。

オープニングは比較的キャッチーなナンバー「LIQUID FINGER」で幕を開けます。マーカス・ミラーとスティーヴ・ジョーダンのリズム隊が炸裂したプレイを披露してくれていますが、全体的なアンサンブルを損ねていないのが見事です。3曲目「TO CHI KA」はアコギとヴィブラフォンのみによる美しいナンバーです。この曲がアルバムの表題曲というのは意外です。4曲目の「COKUMO ISLAND」ではマイケル・ブレッカーが冴え渡ります。5曲目の「UNICORN」はケチの付け所がない日本フュージョン界の名曲中の名曲です。息をもつかせぬギター・ソロが見事です。7曲目の「SAYONARA」ではトニー・レヴィンのフレットレス・ベースが印象的です。シャッフルでロック色の強い8曲目「MANHATTAN FLU DANCE」でこのアルバムは締めくくられます。本作はここに登場しなかった曲も含めてとにかく名曲揃いです。

実は私、渡辺香津美の生演奏を聴いたことがあるのです。高校生時分、友人達とスキー旅行に行ったところ、なんとラッキーなことにそのホテルのラウンジで渡辺香津美のライヴが行われたのです。1980年から1981年シーズンだったので、ちょうど「TO CHI KA(ト・チ・カ)」と時期が重ったんですよ。バック・バンドは日本人アーティストだったんですが、ドラムは山木秀夫、キーボードは笹路正徳とこれまた豪華な顔ぶれだったように記憶しております。ライヴのあとに渡辺香津美にサインをお願いしたところ快諾してくださり、無地のトレーナーの背中にサインをしてもらいました。

このアルバム、裏ジャケットにはTVイエローのギブソン・レスポール・スペシャルが写っておりますが、レコーディングでも使用したのでしょうか。ES-335のイメージが強いラリー・カールトンも往年のライヴではギブソン・レスポール・スペシャル(ピック・ガードの形が違うオリジナル・モデルですが・・・)を使用していました。

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The Doors(ハートに火をつけて) | ザ・ドアーズ

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The Doors(ハートに火をつけて)ジャケット今回ご紹介する名盤は1967年にリリースされたザ・ドアーズの「The Doors(ハートに火をつけて)」です。

とても難解な歌詞、そしてギターとオルガンをメインにしたなんとも退廃的なドラッグの香りが漂うサウンドが、ベトナム戦時下当時のヒッピー達に熱狂的に受け入れられた作品、それがこのザ・ドアーズのデビュー作「The Doors(ハートに火をつけて)」でありまして、ファンの強い要望によってシングルカットされた「LIGHT MY FIRE(ハートに火をつけて)」では全米1位を獲得し、日本でも当時大ヒットしたようです。

なんといってもザ・ドアーズの魅力はヴォーカルのジム・モリソン(モリスン表記のものもありますがCDのライナー・ノーツにモリソンとありましたのでこちらを使用させていただきます)のカリスマ性にあります。学校での成績はかなり優秀だったそうで、ヴォーカリストというよりかは詩人として活動に重点を置いていたようです。バンド名の由来もウィリアム・ブレイク著の「天国と地獄の結婚」内の一節をオルダス・ハックスレーという方がメスカリン服用テストを書き綴った著書のタイトルに引用し、そのタイトル「The doors of perception(知覚の扉)」からとったものだそうです。メスカリンというのは幻覚剤で日本では麻薬に指定されております。

1曲目の「BREAK ON THROUGH(To The Other Side)」は第1弾シングルでありますが、ザ・ドアーズがただならないバンドであることを感じさせてくれるロック・ナンバーに仕上がっております。ここでいうところの「other side」は非現実の世界であり、ジム・モリソン曰く潜在意識の側とのことらしいですがきっとトリップしてしまった先の世界なのではないかと勝手に推測してしまうところであります。セカンド・シングルの「LIGHT MY FIRE(ハートに火をつけて)」はドアーズ最大のヒット作にして不朽の名作といわれています。長いオルガン・ソロとギター・ソロが印象的ではありますが、この楽曲の歌詞もなにやらドラッグの香りのするものになっています。X JAPANのギタリストであったhideがソロ活動でカヴァーするなど多くのミュージシャンにカヴァーされています。

そしてアルバムの最後を飾る「THE END」ですが、こちらの歌詞もまた物議を醸すものになっております。歌詞全体的には、ギリシャ神話のエディプス王の話がモチーフなっており、父親殺しおよび母子相姦の内容を持つ歌詞は当時かなりショッキングだったのではないかと思われます。10分におよぶ大作であるためレコーディング時にメンバーのテンションが上がってしまい、1曲を通して満足できるテイクがなかったため、複数のテイクをつなぎ合わされているそうです。

「THE END」のレコーディングでの苦労話にもあるとおり、このアルバムの録音はトラック数の不足から、ドラムとベースとギターは同一トラックに一発で撮るという手法が採用されていたようです。逆に一発撮りすることでこの独特のグルーヴ感が引き出されたのかもしれません。

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RUMOURS(噂) | フリートウッド・マック

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RUMOURS(噂)ジャケット今回ご紹介する名盤は1977年にリリースされたフリートウッド・マックの「RUMOURS(噂)」です。

なんとこのアルバム、フリートウッド・マックの11枚目のオリジナル・アルバムになるんですね。1967年にピーター・グリーンズ・フリートウッド・マックというバンド名でシングル・デビュー、アルバム・デビューは1968年なのでかなりのハイ・ペースでアルバムをリリースしていることになります。70年代前半まではブルース・ロックを基調としたサウンドで、サンタナで有名な「BLACK MAGIC WOMAN」はフリートウッド・マックの3枚目のシングルだったんですね。

そのフリートウッド・マックの転機になったのが前作の「FLEETWOOD MAC(ファンタスティック・マック)」でありまして、それまでかなりの頻度でメンバー・チェンジを繰り返していたフリートウッド・マックにリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスが「FLEETWOOD MAC(ファンタスティック・マック)」から参加をし、バンドのサウンドもよりポップなものとなりました。結局、このメンバー・チェンジが功を奏し「FLEETWOOD MAC(ファンタスティック・マック)」は全米1位を獲得、それまでにない成功を収めるのであります。

そしてその2年後に発売された本作「RUMOURS(噂)」はバンドにとって最大のヒット作となるのであります。31週間に渡ってビルボードNo.1に君臨し、1,700万枚といわれる史上空前のセールスを記録、2012年現在の累計では4000万枚を売り上げているともいわれています。このアルバムはグラミー賞の最優秀アルバム賞を獲得し、「ローリングストーン誌が選ぶオールタイム・ベストアルバム500」(例のやつであります)において25位にランクインされています。シングル・カットされた「GO YOUR OWN WAY(オウン・ウェイ)」「DON'T STOP」「DREAMS」「YOU MAKE LOVING FUN」はすべてUSチャート10位以内にランク・イン、「DREAMS」にいたっては全米1位を獲得しております。

サウンド的には「FLEETWOOD MAC(ファンタスティック・マック)」同様ポップなのではありますが、その中にも落ち着きが感じられアダルトなリスナーにも受け入れられやすいのではないかと思われます。そうでなければこれだけのセールスには結びつかないのではないか思われます。このアルバムの制作時期は、メンバーのプライベートは最悪な状態だったようで、ミック・フリートウッドは妻と離婚、バンドに参加したときはすでに交際していたリンジー・バッキンガムとスティーヴィー・ニックスは破局、ジョン・マクヴィーとクリスティン・マクヴィーも離婚と普通だったらバンド崩壊の危機なのですが、そのような中でこのような完成度の高い傑作を生み出すというのはすごいプロ根性です。しかも激しくメンバー・チェンジを繰り返してきたフリートウッド・マックにおいて1987年までこのメンバーで活動をしていたのです。

クリスティン・マクヴィー、リンジー・バッキンガム、スティーヴィー・ニックスによる三者三様のヴォーカル・スタイルでありながらアルバム全体の印象は決して散漫なものでなく、名盤と呼ぶににふさわしいものであります。私もバンド経験者ですが、男女混成バンドというのは音楽とは関係のない異性問題で解散に追い込まれることがありますが、このアルバムを聴くとそういう部分を乗り越えて、よくこれだけのクオリティを発揮できたなぁと感心するばかりです。

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ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

風街ろまん | はっぴいえんど

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

風街ろまんジャケット今回ご紹介する名盤は1971年にリリースされたはっぴいえんどの「風街ろまん」です。

このアルバムが発売される以前の日本には日本語ロック論争なるものがありまして、これからのロックは、日本語で歌うべきか、英語で歌うべきかが議論されていたようです。「風街ろまん」ははっぴいえんどの2作目となるオリジナル・アルバムで、そのはっぴいえんどやボブ・ディランの影響を受けながらフォーク・ロックを日本語で唄う岡林信康などの登場により起こった議論だそうです。今考えればどちらでもいいような気がしますが、ロックに日本語を乗せるというのが確立されていない時代の話でありまして、議論というよりかは英語で歌っていたミュージシャンが一方的に日本語で歌っているミュージシャンに難癖をつけた形であったそうです。

というわけで今回紹介するこの「風街ろまん」はその議論に終止符を打つべくリリースされ、ロック・サウンドに日本語の歌詞を乗せることに成功した初のアルバムとして、現在も高い評価を得ています。歌詞、楽曲の質とも前作よりはるかに洗練され、はっぴいえんどの活動はこの作品で完成されたとも言われております。今の時代に聴くと、どちらかというとフォークよりに聴こえなくもないのですが、この当時は日本語ロックへのアプローチとしてはこの「風街ろまん」はもはや完成形であり、このアルバムの代表曲でもある3曲目の「風をあつめて」などは、21世紀になった今なおカヴァーをされている名曲中の名曲なのであります。

1曲目の「抱きしめたい」から大瀧詠一の唄い方や全体的なビートになんとも重々しい空気を感じます。これはアルバム全体を通して感じられる雰囲気で、大瀧詠一に「A LONG VACATION」のあの爽やかなイメージを抱いてる方はきっと面食らってしまうほどの重々しさです。1曲目の「抱きしめたい」を含め11曲中7曲が大瀧詠一作曲によるものなのです(多羅尾伴内名義も含む)。どうもこの頃はバンドの演奏にメロディを乗せていくという作曲の手法を採っていたようで、そもそもキーが合っていないという事も影響しているようです。大瀧詠一曰く「A LONG VACATION」で初めて自分のヴォーカルのキーに合わせて作曲したということらしいです。

このアルバムで1曲だけ鈴木茂が楽曲を提供し、しかもヴォーカルまで担当している8曲目の「花いちもんめ」はアルバム・リリース後にシングル・カットされているのですが、この曲は本当に壮大なロック・サウンドに仕上げられ、日本でこの時代にこんなギター・サウンドがあったんだなぁと思わず感じずにいられない洗練された楽曲であります。それでありながら鈴木茂が好きなリトル・フィートの影響か、アメリカン・ルーツ・ミュージックの匂いも感じさせる名曲であります。細野晴臣作曲の9曲目「あしたてんきになあれ」ではファルセットのヴォーカルと楽曲のビートがブラック・ミュージックの雰囲気を醸し出しており、1999年にはCMソングに採用され、なんとシングル・カットもされているのです。この8曲目「花いちもんめ」から9曲目の「あしたてんきになあれ」の流れは、ロック・ファンにとってはこのアルバムの最大の聴きどころといってもいいでしょう。

最後にこのジャケットなのですが、どれが誰の顔なのかわからないと困りますので解説しておきます。左上から時計回りに松本隆、鈴木茂、細野晴臣、大瀧詠一となっております。それにしても松本隆ってドラマーだったんですね。リアル・タイマーではないのではっぴいえんどを知るまでずっと作詞家だと思っておりました。

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AFTER THE GOLD RUSH(アフター・ザ・ゴールド・ラッシュ) | ニール・ヤング

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

AFTER THE GOLD RUSHジャケット今回ご紹介する名盤は1970年にリリースされたニール・ヤングの「AFTER THE GOLD RUSH」です。

ニール・ヤングのアルバムというのはその作品によって表情が見事に違います。クロスビー、スティルス、ナッシュ&ヤングの活動期間中にリリースされた本作は、都会的でありながらその都会の中のひずみの中から生まれる寂しさや孤独、そんな雰囲気を感じさせてくれます。「AFTER THE GOLD RUSH」というタイトル、2曲目に収録されている曲のタイトルでもあるのですが、ゴールド・ラッシュといえば有名なところでは19世紀中ごろのカリフォルニアにおけるゴールド・ラッシュでありますが、雰囲気や歌詞の内容から察するに「祭りのあと」的な意味合いなのではないかと推測しております。

ここでいうところの「祭り」とは何なのでしょうか。表題曲「AFTER THE GOLD RUSH」の歌詞は隠喩的で様々な解釈がされているようです。何らかの理由で自然が破壊されることにより、地球には居住できなくなっていまい、ノアの方舟的なもので脱出するようなニュアンスに感じるのですが、その何らかの理由というのが実際のところよくわかりません。文明による自然の破壊なのか、戦争による世界の週末なのか、その何らかの理由がゴールド・ラッシュであればそれは文明の繁栄であり、それによる自然の破壊をモチーフにしたものであると捉える方が自然なのかなぁとも思えてしまいます。最後に自然の種が新しい地を求めて飛んでゆくといくところなどは、そこにささやかな希望が残されているように感じます。

ニール・ヤングという方はその曲の雰囲気や弱々しいハイ・トーンのヴォーカルからはあまり想像できませんが、メッセージ色の強いナンバーが多々見受けられ、政治的な姿勢や行動が目立つアーティストなのであります。本作においても、全体的にアコースティックな落ち着いた雰囲気に仕上げられておりますが、4曲目の「SOUTHERN MAN」は攻撃的なロック・ナンバーであり、歌詞の内容も人種差別問題を取りあげ、人種差別主義者を痛烈に批判しております。アメリカの南部は人種差別が根強く残っているところでもあり、歌詞に登場する十字架はKKK(Ku Klux Klan-アメリカの白人至上主義を唱える秘密結社)のものであると思え、ニール・ヤングの人種差別主義者への並々ならぬ闘争心を感じることができます。

メッセージ色の強い楽曲もニール・ヤングの持ち味なのですが、本作はピアノが導入され音楽的にも幅が広くなり、落ち着いたバラードなどもピアノをバックに美しいハーモニーで奏でております。その中でも代表的な楽曲が8曲目の「BIRDS」はとても美しい旋律を持つバラードに仕上がっており、リンダ・ロンシュタットがカヴァーしております。ピアノがメインではありませんがニール・ヤング初のシングル・ヒットとなった3曲目の「ONLY LOVE CAN BREAK YOUR HEART(オンリー・ラヴ)」やリンダ・ロンシュタットやリタ・クーリッジにカヴァーされた10曲目の「I BELEAVE IN YOU」など心を癒してくれる名曲がずらりとライン・アップされています。

前述したとおり、ニール・ヤングは政治的発言や行動が目立つ方で、イラク戦争の際にはブッシュ政権打倒の姿勢を貫いたりと社会派のアーティストの一人です。日本は芸能人が原発に反対のデモに参加しただけで仕事をなくなったりする国なので、なかなか政治的行動を起こす有名人は少ないのというかいないというのはとても残念で、日本のマスコミの姿勢にも問題があるように感じます。

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