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RAMONES(ラモーンズの激情) | ラモーンズ

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

RAMONES(ラモーンズの激情)ジャケット今回ご紹介する名盤は1976年にリリースされたラモーンズの「RAMONES(ラモーンズの激情)」です。

ラモーンズといえばパンク・ロックの元祖、そういう意味も含めてラモーンズのデビュー作である本作は非常に価値あるアルバムとされています。中身はといえば、ほとんどギターソロもないような時間にして3分にも満たないスリー・コードの楽曲がずらりと並んでいます。サウンド的にも厚みがあるわけではなく、どちらかといえば薄っぺらい印象を持つ作品ですが、60年代初期のステレオ・サウンドを再現しようとした結果生まれたサウンドのようです。そのサウンドは母国のアメリカでよりもイギリスで評価され、イギリスのパンク・ロック・ムーヴメントの立役者となってしまったのです。

そもそもパンク・ロックというのは、それまでのロックからブルース的要素を排除してよりシンプルに仕上げられたロックン・ロールで、そのためかメロディはポップな雰囲気が感じられます。イギリスではセックス・ピストルズがパンク・ロック・ムーヴメントに火をつけたのですが、そのころイギリスの輸入盤チャートのトップを突っ走っていたのがこの「RAMONES(ラモーンズの激情)」なのです。非常にシンプルなロックは、若者たちの間で「これならちょっと楽器を練習すればできるじゃん」とばかりに広がりを見せたのです。事実、ラモーンズもテクニック的にはこれで精一杯、セックス・ピストルズに至っては、演奏能力に長けていたがためにグレン・マトロックが脱退するなど、テクニック的側面はあまり重視されないのもパンク・ロックの特徴であるのです。

なんといってもこのアルバムを代表する楽曲が1曲目の「BLITZKRIEG BOP」です。「Hey Ho Let's Go」はもはやパンクの合言葉であるといってもいいくらいのフレーズであります。5曲目の「I WANNA BE YOUR BOYFRIEND」はエルヴィス・コステロ風というか、エルヴィス・コステロのデビューより本作のリリースのほうが早いので、少なからずエルヴィス・コステロに影響を与えたのかと思われるナンバーです。また、11曲目の「53rd & 3rd」では誰かはわからないのですが、途中でジョーイではないヴォーカルが入ってくるのですがそれがまたかっこいいのであります。

それにしてもモズライトを腰の下まで下げて演奏するスタイルもまた個性的で、モズライトを使用するロック・バンド自体なかなかお目にかかることはできません。モズライトといえばベンチャーズや若大将、日本でかつてブームを巻き起こしたグループ・サウンズあたりしかイメージがわいてこないのが正直なところです。また、ラモーンズトイバンド名は、かつてポール・マッカートニーがポール・ラモーンと名乗っていたことに由来するのですが、メンバー全員がラモーン姓を名乗っているのもなんか芸人チックで、ちょっと笑えてしまいます。彼らのファッションもそうですが、これらのスタイルを1996年の解散まで貫き通していたのはロック・バンドとしてかっこいいところでもあります。

2001年にはヴォーカルのジョーイがリンパ腺ガンにより49年という短い生涯を閉じるわけですが、2003年にはトリビュート・アルバム「WE'RE A HAPPY FAMILY」が発売されレッド・ホット・チリ・ペッパーズ、U2、キッス、メタリカなどの大物バンドらが参加、ラモーンズが後世に残した影響力には驚かされるばかりです。

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ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

CAPTAIN'S JOURNEY(キャプテンズ・ジャーニー) | リー・リトナー

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

CAPTAIN'S JOURNEYジャケット今回ご紹介する名盤は1978年にリリースされたリー・リトナーの「CAPTAIN'S JOURNEY」です。

とにかくリー・リトナーの作品はその参加ミュージシャンの顔ぶれがすごいのです。このアルバムは1978年リリースなのですが、日本にフュージョン・ブームが巻き起こった80年代というのは、そのアルバムの参加ミュージシャンの顔ぶれだけでも十分にレコード購入の動機になっていたくらいの時代でありまして、レコードの帯には錚々たる顔ぶれの参加ミュージシャンの名前が記述されていたものでした。ところがこのアルバムが発売された1978年時点ですでに有名であったのが、キーボードのデイヴ・グルーシン、このブログでも紹介しているウェザー・リポートのアレックス・アクーニャ、ジャズ界で長年演奏してきたアーニー・ワッツ、ギル・エヴァンス・オーケストラのスー・エヴァンスくらいであったらしいです。

表題曲でもある1曲目の「CAPTAIN'S JOURNEY」は2部構成になっており、第1部が「The Calm(静かな海)」第2部が「The Storm(嵐)」という構成になっております。ベーシストが「The Calm(静かな海)」ではエイブラハム・ラボリエル、第2部「The Storm(嵐)」ではアンソニー・ジャクソンという贅沢な起用となっています。アンソニー・ジャクソンはこの第2部「The Storm(嵐)」だけの参加であり、他の楽曲のベースはすべてエイブラハム・ラボリエルによるものです。また、第2部の「The Storm(嵐)」ではパーカッションとしてアレックス・アクーニャも参加しています。第1部、第2部とも非常に緊張感のある作風に仕上がっています。2曲目の「MORNING GLORY」は打って変わっての歌ものになります。この曲ではデイヴィッド・フォスターがアコースティック・ピアノ及びリズム・アレンジメントとして参加しています。デイヴィッド・フォスターはこの曲と4曲目の「MATCHMAKERS」で演奏しております。

個人的な意見ですが本作の中でも一押しの3曲目「SUGARLOAF EXPRESS」では爽やかなサンバの雰囲気を取り入れていれた作品となっております。なんとこの曲だけドラムがスティーヴ・ガッドではなく、ウェザー・リポートのアレックス・アクーニャが担当しております。ギターも2曲目までのES-335ではなくL-5を使用していることから、ギターの音色も深みがあります。イントロ後半部分のフェイザーによるチャカポコしたギター・サウンドも印象的です。この手のフェイザー・サウンドによるギターのバッキングもある意味フュージョンの世界では常套手段の一つでありまして、フェイザーというエフェクターはフュージョン系のギタリストには欠かせないものとなっております。

4曲目よりアナログ盤でのB面になりますが4曲目の「MATCHMAKERS」はイントロのカッティング・ギターといい、いかにもリー・リトナー・サウンドといったところでしょうか。5曲目の「WHAT DO YOU WANT?」はデイヴ・グルーシンの弟ドン・グルーシンが作曲を手掛けておりまして、イントロのシンセサイザーサウンドから今までとはちょっと違った雰囲気を醸し出しております。ドン・グルーシンはもちろん演奏にも参加しており、このアルバムで唯一ドン・グルーシンの演奏を聴くことのできる楽曲となっております。ラスト2曲「THAT'S ENOUGH FOR ME」と「ETUDE」はデイヴ・グルーシンが作曲しており、「THAT'S ENOUGH FOR ME」はギブソンL-5で奏でる落ち着いたフュージョン・サウンドに、ラストの「ETUDE」はボサ・ノヴァ調のバラードに仕上げられております。

リー・リトナーといえば2005年に杏里との婚約を発表したのですが結局破談になってしまったんですね。2007年に週刊誌で破局が報じられ、2008年には公式に婚約を破棄したことが杏里の公式サイトで発表されたとのことです。

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BLUE(ブルー) | ジョニ・ミッチェル

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BLUEジャケット今回ご紹介する名盤は1971年にリリースされたジョニ・ミッチェルの「BLUE」です。

常に恋多き女として形容されてきたジョニ・ミッチェルでありますが、その彼女の4作目である本作「BLUE」はアコースティック時代の最高傑作として語られることが多い作品であります。グラハム・ナッシュ、レナード・コーエン、ジェイムス・テイラー、ジャコ・パストリアスなどと浮名を流し、リリースされるアルバムの背景にはその時々交際していた相手の存在があります。このアルバムではジェイムス・テイラーがギターで3曲ほど参加しているので二人は交際中であったのではないかと思われます。日本では恋多き女などと呼ばれるのはあまりいいイメージではありませんが、ジョニ・ミッチェルの場合、常に男性を必要としているそのような感情を音楽の中で素直にさらけ出しているのです。

アルバム・タイトルである「BLUE」、そして青を基調としたジャケット・ワーク、なんか暗い印象を持ってしまいがちですが、ほぼ弾き語りに近い最低限のアレンジながら洗練されたサウンドに仕上がっているのです。ジョニ・ミッチェルは、1974年にリリースされた6作目の「COURT AND SPARK」あたりからジャズに傾倒していき、サウンドも次第にエレクトロニックなものに変貌していきますが、その片鱗はもうこの「BLUE」でも垣間見ることができます。フォークにカテゴライズされることの多い本作ではありますが、ボサ・ノヴァの要素が取り入れられていたり、かなり複雑なメロディー・ラインでありながらとてもお洒落な雰囲気を持っていたりとその後ジャズに傾倒していく必然性をこのアルバムは感じさせてくれます。

1曲目はニック・デカロのカヴァーでも有名な「ALL I WANT」でありますが、いきなりボサ・ノヴァの雰囲気を持つお洒落なナンバーなのですが、歌詞を見てみると今で言うところの肉食系女子丸出しといった感があり、そのギャップというかこの自由奔放な歌詞もジョニ・ミッチェルの魅力なのであります。2曲目の「MY OLD MAN」では一転してピアノの弾き語りとなりますが、またこの曲も結婚しなくても二人は強く結ばれているから本物なのよと自由奔放さをさらけ出しています。5曲目の表題曲でもある「BLUE」では一転しんみりとしたナンバーではありますが、そのメロディーは美しく夜一人で聴いていると心落ち着かせてくれます。

アルバム全体を通しての印象はとにかく美しいです。私の持ちあわせている語彙の不足によるものなのか、美しいという形容詞しか浮かんできません。メロディー、ハーモニー、歌声、サウンドなどこのアルバムが持つ併せもつすべての要素が美しいのです。その美しい要素の乗せる自由奔放な歌詞はわかり易さも手伝ってかジョニ・ミッチェルの感情が英語がわからない私にもストレートに伝わってくるようであります。実際には付属の対訳を読んでいるからなのですが…。

1968年にデビューしたジョニ・ミッチェルではありますが、なんと2007年にもオリジナルアルバムを発表し、アメリカのチャートでは14位にランキングされています。そのジョニ・ミッチェルですが、近年はモルジェロンズ病という難病を患い、闘病中とのことです。なんとか回復していただきたいと切に願います。

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黒船 | サディスティック・ミカ・バンド

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黒船ジャケット今回ご紹介する名盤は1974年にリリースされたサディスティック・ミカ・バンドの「黒船」です。

若い方は、木村カエラをゲスト・ヴォーカルに迎えて活動したサディスティック・ミカ・バンドの方がお馴染みかもしれませんが、実はこのサディスティック・ミカ・バンド、70年代にはすでに存在していました。この「黒船」が発売された当時のメンバーは、加藤和彦、ミカ、小原礼、高橋幸宏、今井裕、高中正義ともうこの当時からこの錚々たるメンバー活動をしていました。CMソングとして使用されていた「タイムマシンにお願い」もこの「黒船」収録されているナンバーなのであります。木村カエラのファンの方にしてみたら、生まれる前にリリースされていた曲かもしれません。

プロデューサーにクリス・トーマスを迎えてということなのですが、実はクリス・トーマスのことはよく知りませんでした。なんでも調べてみるとザ・ビートルズの通称ホワイト・アルバム「The BEATLES」ではアシスタント・プロデューサーとして参加、ピンク・フロイドの「THE DARK SIDE OF THE MOON(狂気)」ではエンジニアとして、セックス・ピストルズの「NEVER MIND THE BOLLOCKS, HERE'S THE SEX PISTOLS(勝手にしやがれ!!)」ではプロデューサーとしてクレジットされているじゃありませんか。知らず知らずのうちにこのブログでも関連作品を取り上げているではありませんか。加藤和彦のインタビューによれば当時はプロデューサーという概念が日本のレコード会社にはなく、クリス・トーマスをプロデューサーとして迎え入れることを説明し、了承してもらうまでかなり苦労したそうです。

このアルバムはそのタイトルが示すとおり「黒船」(ペリー来航時の黒船)をモチーフにしたストーリー仕立てのアルバムなのですが、当時アナログ盤のA面で黒船が日本に近寄ってくるところから日本に上陸するまでを、B面で開国後の日本の様子が表れているような内容になっております。まぁ関係のない話なのですが、実は最初にペリーが上陸しようとしたのが浦和ではなく同じ横須賀市の久里浜というところでして、私は一時期この界隈に暮らしていたことがあります。久里浜海岸の前ではペリー公園という公園があり、確か夏には久里浜ペリー祭なども久里浜海岸で行われていました。当時中学生であった私はその久里浜ペリー祭で恋心を抱いていた女の子に偶然会ったのですが、恥ずかしさのあまり声をかけることすらできませんでした。いやー今となってはいい思い出です。

さて、話はそれてしまいましたが、このアルバムA面は6曲中4曲がインストゥルメンタルで、その中でも「黒船(嘉永六年六月四日)」は高中正義のライヴ・アルバムにも収録されているなど高中正義ファンの間ではあまりにも有名なナンバーです。しかしなんといってもA面で輝きを放つナンバーといえば「タイムマシンにお願い」です。当時流行していたグラム・ロックの影響を受けていると思えるこの曲はこのアルバムのキラー・チューンでもあり、日本のロックの歴史においても欠かせないナンバーです。B面にはインストゥルメンタル・ナンバーは収録されておらず、A面に見られていた緊張感はなく、いきなりのお祭り騒ぎとなっています。イギリスでシングル・カットされた「塀までひとっとび」ではファンキーでありながら和のテイストも醸し出すという作風を見せております。

この「黒船」は「Black Ship」というタイトルでイギリスでも発売され、海外でも本格的に発売された初めてのロック・アルバムとなったそうです。70年代ということもありフォーク・ロックの匂いもしますが、この「黒船」のように本気で最高のアルバムを作るぞという意気込みが、歌謡曲がロック・バンドやロック・ユニットで演奏されている昨今の日本の音楽シーンではあまり感じられないと思うのは私だけでしょうか。それにしてもこの「黒船」は日本のロック史に残る不朽の名盤です。

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Thriller(スリラー) | マイケル・ジャクソン

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Thrillerジャケット今回ご紹介する名盤は1982年にリリースされたマイケル・ジャクソンの「Thriller」です。

今さら解説する必要もないほど世界中で売れに売れまくったこの「Thriller」でありますが、全世界累計でそのセールスは1億400万枚以上といわれています。全収録曲9曲中7曲がシングル・カットされそのすべてがビルボードでTOP10入り、アルバムも37週にわたり1位に君臨、グラミー賞は7部門を受賞したまさにモンスターなアルバムなのであります。日本でも250万枚売れているから驚きです。

それにしてもこのアルバムは売れすぎです。なぜここまで売れたのでしょうか。歴史的名盤といわれているようなアルバムでも億単位の枚数が売れることはまず考えられません。マイケル・ジャクソンは前作「Off The Wall」から日本でも「愛のコリーダ」でお馴染みのクインシー・ジョーンズをプロデューサーに迎え、「Off The Wall」も全世界で2000万枚を売り上げる大成功を収め、そのことが本作「Thriller」を制作する際にかなりプレッシャーになっていたと聞きます。2000万枚の売り上げで次の作品を制作する際はプレッシャーになってしまうのです。「BAD」の制作時にはどれだけのプレッシャーを抱えていたのでしょう。

これだけの売り上げを誇るだけあって音楽的にはかなりの高クオリティです。それまでマイケル・ジャクソンが築き上げてきたブラック・ミュージックにポップやロックのテイストを加味したそのサウンドは、その後の80年代のポップ・ミュージックにかなりの影響を及ぼしております。80年代はまさにシンセサイザーによるサウンド・メイクが盛んな時代でもあり、1曲目の「Wanna Be Startin' Somethin'(スタート・サムシング)」はまさにそのタイトルが示すとおり、80年代サウンドの幕開けとなった楽曲といえるのではないでしょうか。また、参加ミュージシャンの顔ぶれもすごく、3曲目「The Girl Is Mine」はポール・マッカートニーとのデュエット曲、「Beat It(今夜はビート・イット)」ではエドワード・ヴァン・ヘイレンのギター・ソロがフィーチャーされ、その他にもデイヴィッド・フォスターやTOTOからはジェフ・ポーカロ、デイヴィッド・ペイチ、スティーヴ・ルカサー、スティーヴ・ポーカロなど錚々たるメンバーが揃っております。

また、このアルバムを語る際に忘れることができないのがプロモーション・ビデオの存在です。1981年にMTVが開局され、それまでただ聴くだけのコンテンツであった音楽というものが映像とともに楽しめる時代がやってきたのです。マイケル・ジャクソンはそのMTVの普及と同調するように、プロモーション・ビデオの制作にも力を注いでいます。「Billie Jean」「Beat It(今夜はビート・イット)」などのプロモーション・ビデオでは華麗なダンスを披露、第7弾シングル「Thriller」のプロモーション・ビデオにおいては13分34秒にも及ぶホラー映画風のショートフィルムに仕上げられ、監督にはジョン・ランディスを起用するなどもはや音楽の枠を超越して、ダンス、映像なども含めた総合エンターテイメントの世界をこの「Thriller」では確立してしまったのであります。

「Beat It(今夜はビート・イット)」のプロモーション・ビデオで思い出すのが、この曲のパロディでアル・ヤンコビックが唄う「Eat It(今夜もイート・イット)」なのですが、この曲と次作の表題曲「BAD」のパロディ「Fat」は、なんでもマイケル・ジャクソン公認のパロディ曲らしいです。マイケル・ジャクソンの懐の深さにも驚かせられます。

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RUBBER SOUL(ラバー・ソウル) | ザ・ビートルズ

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RUBBER SOULジャケット今回ご紹介する名盤は1965年にリリースされたザ・ビートルズの「RUBBER SOUL」です。

このアルバムは、それまでのザ・ビートルズのアイドル的なイメージを払拭しザ・ビートルズの持つ芸術性が評価されるきっかけとなったアルバムでありまして、商業的にも大成功を収めています。音楽的にはボブ・ディランなどのフォーク・ロックの影響がうかがえ、またそれまでロック・バンドが使用することがなかったインド楽器シタールの使用やギリシャ風のギター・ライン、バロック音楽を取り入れるなど、音楽性の幅が非常に広がった作品でもあります。

「NORWEGIAN WOOD(THIS BIRD HAS FLOWN)(ノルウェーの森)」はシタールを初めてポップ・ミュージックで使い「ワールド・ミュージック」と呼ばれる分野の先駆け的存在となっております。また、村上春樹の長編小説「ノルウェイの森」もこの曲のタイトルからつけられているので、曲を知らなくてもこのタイトルは何度も耳にしていると思います。ところがこの曲のタイトルは誤訳なんであります。本来であれば「ノルウェー産の木材」という意味になるらしいです。イギリスではノルウェー産の木材というのは安物の木材を指すことが多く、そのことから内装にノルウェー産の木材使用している部屋の住人はあまり裕福ではないことがうかがえます。この誤訳については邦題をつけた担当者も誤訳について認めているらしく、どうも事実のようです。

実はこのアルバムからシングル・カットされた曲はなく、ほぼ同時に出来上がった「WE CAN WORK IT OUT(恋を抱きしめよう)」「DAY TRIPPER」が両A面という形でシングルとしてリリースされています。この頃からザ・ビートルズはアルバム用のナンバーとシングル用のナンバーは別コンセプトで制作していたような節が見受けられます。「RUBBER SOUL」以降、純粋にオリジナル・アルバムに収録されているナンバーといえば、「REVOLVER」の「YELLOW SUBMARINE」「ELEANOR RIGBY」、「ABBEY ROAD」の「SOMETHING」「COME TOGETHER」位なのではないのでしょうか。「GET BACK」「LET IT BE」はアルバムに収録されているものとは別ミックスなので、かなり印象が違います。

冒頭にも述べさせていたとおり、このアルバム音楽的に大変幅広く作られていてともすれば散漫になりがちですが、なぜか統一感を持った仕上がりになっています。モータウン調の「DRIVE MY CAR」、シタールを取り入れた「NORWEGIAN WOOD(THIS BIRD HAS FLOWN)(ノルウェーの森)」、コーラスとサブドミナント・マイナーが印象的な「NOWHERE MAN(ひとりぼっちのあいつ)」、美しいメロディを複雑なコード進行に乗せて唄う「MICHELLE」、バロック調の感想が特徴的な「IN MY LIFE」など、ザ・ビートルズを語るうえで欠かせない名曲がずらりと並んでいるのであります。「MICHELLE」はシングル・カットされているわけでもないのに1966年度グラミー賞最優秀楽曲賞を獲得しております。

ザ・ビートルズがデビューしてからすでには世紀が経過していますが、その短い活動期間にもかかわらず数々の名作、そして名曲を残してくれました。ザ・ビートルズの作品を聴くたびにその衝撃をリアル・タイムで体験したかったと思ってしまいます。ちなみに私の両親はザ・ビートルズ世代なのですがあまり興味がなかったようです。なんてもったいない。

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うち水にRainbow | ザ・スクェア

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うち水にRainbowジャケット今回ご紹介する名盤は1983年にリリースされたザ・スクェアの「うち水にRainbow」です。

このアルバムは、あのユーミンこと松任谷由実がトータル・コーディネーターとして参加、さらに6曲目(当時のアナログ盤B面1曲目)に「黄昏で見えない」というユーミンにしてはとても珍しいインストゥルメンタルの楽曲を提供し、さらにその曲のタイトルまで命名しています。ユーミン本人はインストゥルメンタルであることを意識して作曲したらしいですが、ザ・スクェアのメンバーにはユーミン節が出ているとの印象を与えたようであります。

ザ・スクェアというバンドはというよりかは、中心人物の安藤まさひろ(当時の表記)は各楽器のソロも含めて楽曲の一部だと考えるところがあり、作曲時にはソロ・パートも含めて構成を考えるなどインプロヴィゼイション的な要素が排除された、フュージョン・バンドとしては珍しいタイプのバンドであります。私も3回ほどザ・スクェアのライブを見に行ったことがありますが、ライブにおいても見事なまで忠実に、当時はLPであった音源が再現されているのであります。そのためか楽曲はメローなものハードなものを含めてとてもメロディアスに作られております。F1のテレビ中継でおなじみの「TRUTH」を思い出していただければ、ハードでありメロディアスな部分についてご理解いただけるのではないかと思います。

本作「うち水にRainbow」も例外ではなく全体的に非常に爽やかな印象があり、リリコンを中心としたパートによりメロディアスに仕上げられております。あのザ・ビートルズの「ハロー・グッドバイ」のカヴァーから始まりますが、かなりアレンジが施されているため知らないで聴いているとそれが「ハロー・グッドバイ」であることに気がつくのにかなりの時間を要してしまいます。このカヴァーは最後にもリプライズで登場しますが「ハロー」と「グッドバイ」といったところなのでしょうか。オリジナル・アルバムにカヴァー曲が収録されているのはこの曲以来ないそうです。

このアルバムは個人的には全曲が秀逸でありお勧めなのですが、なかでも私のお気に入りはシャッフルのリズムに乗せた3曲目の「サバナ・ホテル」、この作品唯一のバラード8曲目の「カピオラニの通り雨」、8ビートのハードなナンバー9曲目の「バーバリアン」。特に安藤まさひろがアコースティック・ギターで奏でるとても美しいメロディを持つ「カピオラニの通り雨」からこれまた安藤まさひろのアーミングやタッピングが炸裂するギター・ソロがド派手な「バーバリアン」への流れがもうたまりません。そして「ハロー・グッドバイ」のリプライズでこのアルバムの幕は閉じられるのですが、本当にこの作品構成はドラマティックであります。

実はこのころキーボードの和泉宏隆は「笑っていいとも!」レギュラーだったんですよ。どんなコーナーかは忘れてしまいましたがあのアルタで毎週1回キーボードを弾いていたんですよ。当時ザ・スクェアのライブでもみんなで「いいとも!」なんていっていたのを思い出します。ドラムの長谷部徹も変わった経歴の持ち主で実はジャニーズ事務所出身なんですね。「ヤンヤン歌うスタジオ」でバック・ダンサーとして踊っていたらしいです。

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IN THE COURT OF THE CRIMSON KING(クリムゾン・キングの宮殿) | キング・クリムゾン

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IN THE COURT OF THE CRIMSON KING(クリムゾン・キングの宮殿)」ジャケット今回ご紹介する名盤は1969年にリリースされたキング・クリムゾンの「IN THE COURT OF THE CRIMSON KING(クリムゾン・キングの宮殿)」です。

このアルバムは、キング・クリムゾンのデビュー作でありプログレッシヴ・ロックというジャンルを確立した作品であることで有名です。アビイ・ロードをチャート1位から引きずりおろした作品ともいわれていますが、このアルバムは全英オフィシャルチャートでは5位が最高ということですので、あまり信憑性のある話ではありません。また、キング・クリムゾンというバンド名はこのアルバムのタイトルからつけられたそうです。バンド名が決まっていないのにアルバム作りを始めて、そのタイトルからバンド名が決定されるという流れはかなり珍しいように感じられます。

このアルバムを聴く前の印象は、そのジャケット・デザイン、またキング・クリムゾンというバンドのイメージ(リアル・タイマーではないので私がこのアルバムを知ったときにはすでにキング・クリムゾンというバンドは存在しておりました)からかなり難解なものであることを予想していたのですが、1曲目の「21ST CENTURY SCHIZOID MAN including MIRRORS(クリムゾン・キングの宮殿)」ではハード・ロック的要素の強いかなりストレートなロックであり、いい意味で私の予想を裏切ってくれました。2曲目の「I TALK TO THE WIND(風に語りて)」以降はさらに私の予想は裏切られ、幻想的かつ美しい楽曲の連続となります。3曲目の「EPITAPH including MARCH FOR NO REASON and TOMORROW AND TOMORROW(エピタフ(墓碑銘))」は特にシングル・カットされているわけではありませんが、そのメロディーは美しくファンからとても人気のある作品となっていまして、日本におきましてもザ・ピーナッツやフォーリーブス、西城秀樹が70年代にカヴァーをしたらしいです。

それにしてもデビュー作にしてこのクオリティに驚きです。しかもこのサウンドが60年代に実現していたこと自体ある意味奇跡です。フルート、メロトロンなどの楽器が効果的に使われ、アルバム全体に幻想的な浮揚感を醸し出しています(1曲目の「21ST CENTURY SCHIZOID MAN including MIRRORS(クリムゾン・キングの宮殿)」は幻想的な浮揚感というより躍動的な疾走感が感じられる楽曲ですが…)。また、ジャズやクラシックなどの要素も取り入れられとても美しく仕上げられた名盤中の名盤です。このアルバムをまだ聴いたことのないロック・ファンの方は一度この作品を耳にされても損はないと思います。

このアルバム、ひとつ腑に落ちない点があるのですが、2曲目の「I TALK TO THE WIND(風に語りて)」以外、曲のタイトルに「including」としてさも別の楽曲が含まれているかのようなタイトルがそれぞれの楽曲につけられています。しかし実際に曲を聴いてみると他の楽曲がインクルードされているようには思えません。特に組曲風に感じる楽曲もありません。この点について解説がされているものも見かけないので謎なのですが、アルバム1枚あたりに5曲しか収録されていないのがレコード会社との契約に触れるので、それを回避するための苦肉の策だったとかそういうことなんでしょうか。

どちらにしてもこのアルバムは収録されている5曲で十分なのですが、この点についてご存知の方がいらっしゃればお教えいただきたいと思っております。

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SOLID STATE SURVIVOR(ソリッド・ステイト・サヴァイヴァー) | イエロー・マジック・オーケストラ

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SOLID STATE SURVIVORジャケット今回ご紹介する名盤は1979年にリリースされたイエロー・マジック・オーケストラの「SOLID STATE SURVIVOR」です。

イエロー・マジック・オーケストラ(以下YMO)にとって2作目となる本作ではありますが、1作目に見られたゲーム・ミュージックやオリエンタル・ディスコ・ミュージックの要素は見られなくなり、全体的に音の重厚感が増した仕上がりとなっております。また、1作目では坂本龍一、高橋ユキヒロによって作曲された曲が1曲ずつでありましたが、本作では各メンバーの楽曲がバランスよく収録されています。また、「TECHNOPOLIS」「RYDEEN」などのYMOを代表する楽曲が収録されておりYMOの出世作にもなった作品であります。

YMOいえば、日本のテクノ・ポップ・ブームの草分け的存在ではありますが、とりわけこの「SOLID STATE SURVIVOR」はYMOの中でも日本中に影響を与えたアルバムといってもいいかもしれません。先ほども触れましたが「TECHNOPOLIS」「RYDEEN」などの楽曲でYMO認知度を上げ、1980年にはLP売り上げ第1位となり、第22回日本レコード大賞アルバム賞を受賞しているのであります。街には、ばっさりともみあげをそり落とすテクノ・カットなるヘア・スタイルをした少年たちであふれかえっていた時代であり、このテクノ・ブームは社会現象とまでなっていったのであります。

この時代においては、シンセサイザーのサウンドというのがまだ珍しく、当時はもっと機械的で斬新な音楽に聴こえていたように記憶していますが、今あらためて聴き直してみると、ドラムがリズム・ボックスではなく生のドラムであることや、「TECHNOPOLIS」には細野晴臣のスラップ・ベースが入っていたり、またシンセサイザーとはいっても当時のシンセサイザーはアナログで独特の音の厚みがあることなどから、現代に数多く見られるDAW(デジタル・オーディオ・ワークステーション)などで作られているであろうヒット曲などに比べると不思議と人間味や温かさを感じます。

先ほどから何度か触れている「TECHNOPOLIS」「RYDEEN」のほかにもエリック・クラプトンがカヴァー(リリースはされなかったがマイケル・ジャクソンがカヴァーしたヴァージョンの「BEHIND THE MASK」)するなど海外での評価が非常に高い「BEHIND THE MASK」、ザ・ビートルズのカヴァー曲「DAY TRIPPER」、表題曲でありこれまたYMOを代表する曲であります「SOLID STATE SURVIVOR」など1曲たりとも聴き逃さずにはいられない作品構成となっており、まさに日本の音楽史にとっても欠かせない作品、それがこの「SOLID STATE SURVIVOR」なのであります。

また、このYMO結成の言いだしっぺでもある細野晴臣はエイプリル・フール、はっぴいえんど、ティン・パン・アレーなどで活躍、日本のロック・シーンを地味ながら支え続けてきた功績はもっと称えられるべきであると感じる今日この頃であります。

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PEARL(パール) | ジャニス・ジョプリン

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PEARLジャケット今回ご紹介する名盤は1971年にリリースされたジャニス・ジョプリンの「PEARL」です。

実はジャニス・ジョプリンは本作の制作途中の1970年にドラッグの過剰摂取により亡くなってしまいます。1971年に遺作として本作はリリースされました。偉大なシンガーの遺作ということはそれだけも過大評価されてしまうことが多々ありますが、このアルバムに限っていえばその評価にはまったく文句のつけようがなく、未完の名作と呼ばれるにふさわしい仕上がりになっています。1曲目の「MOVE OVER(ジャニスの祈り)」あたりはジャニス・ジョプリンを知らない人でも聴き覚えのある曲なのではないでしょうか。

彼女の叫びにも似たソウルフルな歌声は、聴く者を圧倒するものでありながらどこか悲哀を感じてしまいます。自分の魂の叫びを誰かに届けたい、そしてそれを理解してもらいたいと彼女が常日頃感じていた孤独と闘っていたのかもしれません。高校時代から孤立しがちであった彼女は、唯一と呼べる友人にレコードを聴かされたのを機にブルースやフォーク・ミュージックにはまっていき、その後進学した大学を中退してシンガーを目指したのでした。その頃からドラッグやアルコールに依存することとなっていくのです。常に孤独感に苛まれていた彼女にとって、ドラッグやアルコールへの依存は必然であったのかもしれません。

さて、本作「PEARL」でありますが制作途中で亡くなってしまったしまったこともあり、5曲目の「BURIED ALIVE IN THE BLUES(生きながらブルースに葬られ)」はジャニス・ジョプリンのヴォーカルは収録されず演奏のみ、8曲目の「MERCEDES BENZ(ベンツが欲しい)」は彼女の靴音だけがバックの仮録音のものが収録されています。「BURIED ALIVE IN THE BLUES(生きながらブルースに葬られ)」については、ジャニス・ジョプリンの歌が聴きたかったと思うのは私だけでしょうか。それとも演奏のみで収録されているところにこのアルバムの持つエピソードが強調されて、作品の魅力が引き立てられているのでしょうか。このあたりは意見の分かれるところではありますが、個人的には彼女の歌声とともにどのようなメロディー・ラインでどんな歌詞がつけられようとしていたのか非常に気になるところであります。

個人的な意見にはなりますが、ジャニス・ジョプリンはまさに最高の女性ロック・シンガーです。時代や彼女の感じていた孤独感などが背景にあったのかもしれませんが、27歳の若さにしてこの才能を失ってしまったことは残念でなりません。ちなみにタイトルの「PEARL」はジャニス・ジョプリンのニック・ネームから名づけたものらしいです。

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INNERVISIONS(インナーヴィジョンズ) | スティーヴィー・ワンダー

ニャン田(にゃんだ)ヒロシの迷言集

INNERVISIONSジャケット今回ご紹介する名盤は1972年にリリースされたスティーヴィー・ワンダーの「INNERVISIONS」です。

グラミー賞の最優秀アルバム部門・最優秀録音部門に輝いたこのアルバムは、長い歴史を持つスティーヴィー・ワンダーの中にあっても最高傑作との呼び声高い作品であります。前作1972年リリースの「TALKING BOOK」、そして本作、1974年リリースの次作「FULFILLINGNESS' FIRST FINALE」そして1976年リリースの「SONGS IN THE KEY OF LIFE」とこの4作あたりがスティーヴィー・ワンダーにとって最高潮に時期であったという意見がよく聞かれます。全米チャートの順位こそこの4作の中では最も低いものとなりましたが(それでも4位)、トータルな作風がマーヴィン・ゲイの「WHAT'S GOING ON」とともに20世紀最高のソウル・ミュージックにおけるアルバムであるといわれているのであります。

スティーヴィー・ワンダーの才能といえばとにかく非凡であり、本人が作り上げるその複雑なメロディ・ラインを歌い上げる歌唱力もまた彼の才能であり、この歌唱力があってこそ彼の才能は音楽という形で表現されるわけであります。ソング・ライター、シンガーとして優れた才能を持つスティーヴィー・ワンダーはそれだけにとどまらず、キーボード、ドラム、ハーモニカ、ベースなどを演奏するマルチ・プレーヤーとしても有名であり、本作「INNERVISIONS」ではほとんどの楽器をスティーヴィー・ワンダーが演奏、中でも「LIVING FOR THE CITY(汚れた街)」「HIGHER GROUND」「JESUS CHILDREN OF AMERICA(神の子供たち)」は完全にスティーヴィー・ワンダー1人での多重録音によるものらしいです。

このアルバムを通して感じられるのが、スティーヴィー・ワンダーの持つ力強さであります。1曲目の「Too High」からそのタイトルが示すとおり本当にハイ・テンションなスティーヴィー節が炸裂します。もちろん「VISIONS(愛の国)」「ALL IN LOVE IS FAIR(恋)」などの落ち着いた雰囲気を持つ楽曲もありますが、このアルバム全体を通してその力強さは失われることはありません。このアルバムは曲間が重ねられていたり、間髪入れずに次の楽曲が始まるというスタイル取り入れられており、このような手法もまたアルバムのトータル感を醸し出しているのかもしれません。

モータウン所属で黒人でありながら、スティーヴィー・ワンダーの音楽というのはブラック・ミュージックやソウル、ファンクなどの概念を飛び越えており、その音楽性はスティーヴィー・ワンダーの作品としか形容のしようのない作品群なのであります。その中にあって不朽の名盤といわれる本作は、普段ブラック・ミュージックを聴かないリスナーでも納得の1枚になるのではないでしょうか。

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HEAVY WEATHER(ヘヴィ・ウェザー) | ウェザー・リポート

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HEAVY WEATHERジャケット今回ご紹介する名盤は1977年にリリースされたウェザー・リポートの「HEAVY WEATHER」です。

このアルバムの今までのウェザー・リポートのアルバムと決定的に違うところ、それはベーシストとしてジャコ・パストリアスが全面的に参加しているところです。それまでのウェザー・リポートといえばジョー・ザヴィヌルとウェイン・ショーターが双頭となってバンドをイメージづけておりましたが、ジャコ・パストリアスはその中にあっても十分に存在感を発揮しているのであります。特に2曲目の「A REMARK YOU MADE(お前のしるし)」ではジャコ・パストリアスのフレットレス・ベースによるプレイは感動ものです。ベースのフレーズでここまで感動してしまうのは初めてです。ジャコ・パストリアスの加入が分岐点となりこの名盤「HEAVY WEATHER」が誕生したといっても過言ではないのであります。

全体的には、それまでのウェザー・リポートの作品と比べると、よりポップに仕上がっており本格的なジャズ・ファンでなくても十分楽しめる内容に仕上がっております。その中にあっても1曲目の「BIRDLAND」は非常にキャッチーな作風でインストゥルメンタルの曲としては珍しくシングル・カットもされ、しかも大ヒット、後にはマンハッタン・トランスファーもカヴァーしてこの曲をヒットをさせています。このアルバムは商業的にも大成功し、ウェザー・リポートの最高傑作であり、またフュージョンの中においても代表的な作品として認知されています。

3曲目の「TEEN TOWN」はジャコ・パストリアス作曲のナンバーでありまして、ベースの細かなプレイが炸裂と同時にジャコ・パストリアスはドラムまで演奏しています。と、ここまで書くとジャコ・パストリアスによる、ジャコ・パストリアスのための、ジャコ・パストリアスの作品のように思われがちですが、そこにウェイン・ショーターのテナー・サックスなどもうまく絡み、リーダー格であるジョー・ザヴィヌルのうまくアンサンブルをリードしております。このアルバムでのジャコ・パストリアスのベース・プレイというのは、その存在感を示しながらもアンサンブルにもうまく溶け込んでいて、バンド全体としての聴き心地の良さを提供してくれます。そしてその代表曲として7曲目の「PALLADIUM」が挙げられます。この「PALLADIUM」では見事なまでのアンサンブルが披露され、新生ウェザー・リポートの真髄ここにありといった感があります。

そのジャコ・パストリアスも1982年にはウェザー・リポートを脱退します。そして1987年には泥酔状態で入ろうとした「ミッドナイト・ボトルクラブ」という店でガードマンとけんかになり、そのときに負った脳挫傷により意識不明の重体に陥り、その後10日後35歳という若さで亡くなってしまうのであります。ジャコ・パストリアスが亡くなってからもう25年経過するのですね。こういう才能あふれるミュージシャンが若くしてなくなることは残念でなりません。

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Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋) | サイモン&ガーファンクル

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Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)ジャケット今回ご紹介する名盤は1970年にリリースされたサイモン&ガーファンクルの「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」です。

このアルバムははっきりいって反則であります。1曲目からいきなりの名バラードでアルバム・タイトル曲でもある「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」、仕事でトラブったり、恋人に振られたり、何かうまくいかなくて落ち込んでいるときに1曲目からこのような名曲では、感動したり、勇気付けられたり、涙がこぼれてしまったりするに決まっています。

グラミー賞を独占しまくった(シングルの賞も含めて6部門)本作ではありますが、オリジナル・アルバムとしては彼らの最高傑作でありながら最後のアルバムとなってしまうのです。どうもこの頃から二人は音楽的意見の相違により対立が表面化、本作リリースした同年、二人での活動を停止してしまうのであります。そういう背景にありながら、これだけ名曲をずらりと並べ、世界中で1,000万枚以上売り上げ、本国アメリカでは10週にわたり1位、イギリスでは13週(返り咲きもあり通算33週)にわたり1位、驚きなのが日本のオリコンでもアルバムチャート7週連続1位にランキングされるなどの作品の制作が可能なのは、ポール・サイモンの才能と「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」に代表されるアート・ガーファンクルの美しい歌声によるものなのでしょうか。

この作品は「これ間違えてベストアルバム買っちゃた?」と思ってしまうほどの二人の代表曲がずらりと並んでおります。いきなり出だしの3曲でタイトル曲で壮大なバラード「Bridge Over Troubled Water(明日に架ける橋)」、ロス・インカスの演奏に英語詞を付けた日本でもお馴染みの「El Condor Pasa(コンドルは飛んで行く)」、これまたヒット・ナンバーとなった「Cecilia(いとしのセシリア)」と贅沢三昧なのであります。6曲目の「The Boxer(ボクサー)」も大ヒットした名曲であり、アリスの「チャンピオン」の「ライラライ…」というフレーズも同じボクサーを題材した曲であることもあるここからパクったな思わせ、渋いところでは5曲目のボサ・ノヴァ調の「So Long, Frank Lloyd Wright(フランク・ロイド・ライトに捧げる歌)」も素晴らしい楽曲であります。

若い頃は、いわゆる若気の至りってやつでこのようなフォーク・ロックは軟弱だから聴かないなどといって、どちらかというとハード・ロックを聴く機会がより多かったのですが、時間というものは残酷で数十年後には、このような落ち着いた作品にも食指を動かしている自分を発見してしまうのです。当時(とはいってもリアル・タイマーではないですが)「卒業」という映画でサイモン&ガーファンクルを知って「The Sounds of Silence」や「Mrs. Robinson」「Scarborough Fair」などに興味はあったのですが、なかなか音源を購入しようというところまでいかなかったのを思い出します。

1970年には活動を停止したサイモン&ガーファンクルではありますが、1981年にはセントラル・パークで再結成チャリティコンサートを開いてなんと53万人を動員しているのであります。このコンサート、テレビかなにかで観たことがあるのですが、ドラムがスティーヴ・ガッドだったように記憶しています。

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ケダモノの嵐 | ユニコーン

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ケダモノの嵐ジャケット今回ご紹介する名盤は1990年にリリースされた、ユニコーンの「ケダモノの嵐」です。

今回のレビューは悩みました。前作の「服部」もなかなか面白いアルバムだし、しかしこの「ケダモノの嵐」もはずせないなぁというところでです。改めて2枚を聴き比べてみることにしました。特に優劣をつけるつもりではないのですが、結局今回は「ケダモノの嵐」をチョイスすることといたしました。

ユニコーンのフロント・マンである奥田民生は日本のミュージシャンには珍しい独特の世界を持った才能豊かなミュージシャンでありますが、この「ケダモノの嵐」では作詞、作曲は他のメンバーもかなりの部分で担当、それだけではなくユニコーン史上初、メンバー全員がヴォーカルを務めた作品なのであります。奥田民生の出番が減るということはともすればクオリティの低下にも繋がりかねない試みでありますが、ところがこれが驚き、非常にまとまった作品に仕上がっております。この試みが功を奏し、バンド初のオリコンチャート1位を記録します。また、第32回日本レコード大賞ベストアルバム賞・アルバム大賞(この二つの賞の違いがよくわからん)を受賞、本作からセルフ・プロデュースであることを考えるとプロデューサーとしての能力も兼ね備えた恐るべしバンドであります。

ユニコーンというとファースト・シングル「大迷惑」(これがファースト・シングルなんですね)に代表されるようにサラリーマンの悲哀を歌った楽曲が多く見受けられますが、このアルバムにも「ロック幸せ」「働く男」などでその世界観が披露されています。あまり歌詞は重視していないと公言している奥田民生にとってもこのテーマははずせないのでしょうか。

特筆すべき楽曲ですが1曲目でいきなりまさかのウクレレ・サウンド、ライヴにおけるミュージシャンと観客の関係性をラブホテルのカップルに擬えたナンバー「命果てるまで」で早速の奥田民生ワールド炸裂であります。その他にも本格的なロック・サウンドでアルバムのタイトル曲「ケダモノの嵐」、死というテーマをソウル・ミュージックに乗せて明るく歌う「リンジュー マーチ」、事務所の住所が歌詞になっているだけのハード・コアなナンバー「CSA」、ザ・ビートルズの香り漂うサイケデリックなナンバー「いかんともしがたい男」、当時放送されていたフジテレビの番組「夢で逢えたら」でお馴染みの「働く男」「スターな男」などなどバラエティに富んだ楽曲であふれています。ちなみに「働く男」はユニコーン史上最も売れたシングルであります。

このアルバムを聴くと思い出しますねぇ「夢で逢えたら」、いまどき下町物語の「ガララニョロロ」がとても好きでした。

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HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61) | ボブ・ディラン

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HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)ジャケット今回ご紹介する名盤は1965年にリリースされた、ボブ・ディランの「HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)」です。

ボブ・ディランは1965年から1966年にかけて前作の「BRINGING IT ALL BACK HOME」本作「HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)」次作「BLONDE ON BLONDE」とエレクトリックなロック色の強いアルバムを矢継ぎ早にリリースします。中でも今回紹介する「HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)」から、キーボードなども取り入れられサウンドの厚みがよりいっそう増しています。フォーク・ソング愛好者からはこの変化はあまり歓迎されず、賛否両論を巻き起こした時期でもありました。

その中にあっても本作「HIGHWAY 61 REVISITED(追憶のハイウェイ61)」は当時商業的にも成功し、またボブ・ディランの長い歴史の中にあっても最高傑作の1枚に数えられています。ローリング・ストーン誌が2003年に選出した「オールタイム・グレイテスト・アルバム500」(毎度申し上げますが偏りが大いに感じられるランキング)では4位にランキングされ、先行シングルとして発売された「LIKE A ROLLING STONE」は、ボブ・ディラン最大のヒット・シングルとなり、2004年に『ローリング・ストーン誌』が選んだ「ローリング・ストーンの選ぶオールタイム・グレイテスト・ソング500」では1位にランキング、本人もこの曲の創作がキャリアの方向性を変えるものになったと話していたそうです。

このアルバムの魅力は何といっても爆発的ヒットをした「LIKE A ROLLING STONE」が収録されていることにあります。この曲は本当に名曲です。落ちぶれていくものに「気分はどうだい」と問いかける辛辣な歌詞ではありますが、やはりこの社会性を含んだ歌詞などもボブ・ディランの魅力であります。この曲は6分9秒という長い曲なのでありますが、当時3分程度の曲がシングルとしては常識的だった時代において、この評価はかなりのものです。

さてアルバムのタイトルにもなっているハイウェイ61ですが、ミネソタ州のカナダ国境(現在ではワイオミング以北は廃線)からアイオワ州、セントルイス、メンフィス、ニューオーリンズと南下してくる国道です。セントルイス、メンフィス、ニューオーリンズなどの地名はアメリカの音楽ファンの間では非常に馴染みのある都市です。NHLでは「セントルイス・ブルース」NFLでは「ニューオーリンズ・セインツ(ディキシーランド・ジャズの名曲「WHEN THE SAINTS GO MARCHIN' IN(聖者の行進)」のタイトルからセインツと名づけています)」など、プロ・スポーツの世界においても音楽に関連付けられたニックネームを持つチームがあります。そのほかにもキング牧師がメンフィスで暗殺され、そのメンフィスでエルヴィス・プレスリーは多感な時期を過ごし、ロバート・ジョンソン悪魔に魂を売り渡したという「クロスロード」伝説もあり、ブルースで歌われることも多かったハイウェイです。

ザ・ビートルズのジョン・レノンはかなりボブ・ディランに傾倒していて、同年に発売された「RUBBER SOUL」ではボブ・ディランの影響が垣間見えます。また「The BEATLES」に収録されている「YER BLUES」は、本作収録の「BALLAD OF A THIN MAN(やせっぽちのバラッド)」を意識して作られているそうです。ボブ・ディラン偉大すぎです。

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